アニメ6周年突発企画番外


「ミストレ君のは規模が大きいってことしか知らないけど、エスカ君も男の子のファンクラブがあるよね」
「俺は男にファンクラブ作られても微妙だから公認してねえけどな」
「バダップは?」
「あいつの場合は畏敬の念だろ、向けられるの」


しかし名前にファンクラブねえ、とエスカ君がしみじみとした表情で呟いた。「マニアックな奴…とは言い難いか」「えっ」「そりゃあそうだろ。バダップにしごかれて、まあ…お前が断れないってのもあっただろうけど」それでも"あの"しごきを耐えたんだからもっと誇っていいぜ、って笑ってからエスカ君は私の頭をぽんぽん、と触れるように軽く叩いた。バダップと付き合うようになってからエスカ君とも親しくなったけど、(こうやって私がバダップを、エスカ君はミストレ君を待っている時によく話をするけど)彼は本当にいい人だと思う。頼りがいのあるお兄さん?好かれる理由も分かるのだが、どうにも女の子の目線はミストレ君に行くらしく本人はそこだけ解せない顔だ。


「でも名前、前のお前がそりゃあ悪いって意味じゃねえけど…お前はそうだな、成長したな」
「変わった、ならよく言われるけど成長…?」
「おー、成長成長。バダップも本当隙がねえよ…"育成"までこなせるんならもう十分だろ」
「バダップは完璧じゃないよ、全然。手を繋いでくれたのもこの間が初めてだったし!」
「それは勘弁してやれ、あいつは堅物らしいからな」


けらけらと笑うエスカ君の背後で、小さく電子音が響いて扉が開いた。「終わった終わった!帰るよエスカバー」「名前、待たせたな。帰ろう」鞄を肩から下げたミストレ君と、相変わらずの無表情だけれども目だけを優しく細めたバダップが顔をのぞかせている。「…う?」一瞬、誰かに見られているような気配があったけれどそれはすぐに消えた。気のせいだろう、ということにして鞄を手に持ちバダップのところへ。


「名前、エスカバと何の話してたの」
「ん?それは俺達だけの秘密だって。なあ名前」
「そうだね、エスカく―――……バダップ睨まないでよ、この間バダップが吹き飛ばしたあの人たちの話しかしてないよ!」
「ならいい」
「……ちょっと、俺だけ除け者にする気?」
「や、だってミストレ君に話したらまたミストレ君が自分がいかに美しいかを語り始…」
「そうかそうか!名前もやっと僕の魅力に気がついたんだ?じゃあ1から10まで教え、」
「エスカバ、頼んだ。俺達はここで」
「ごめんねエスカ君、犠牲になってね」
「おまっ……」


さらりと入口までのルートを変えたバダップに走り寄る際、エスカ君に手を合わせるのを忘れない。これは私とバダップ(主にバダップだけしか動いていないけれど)があのトーナメント形式の実技訓練を勝ち抜いてからずっと続いている日常だ。「名前、」「…うん!」最近少し変わったといえば、ファンクラブのあの騒動が起きる少し前から二人きりになったらすぐに、バダップが手を差し伸べてくれるようになったことぐらいだ。


**


「……つーわけで、放課後苗字が一人になることはほぼ無い」
「呼び出すのは?」
「多分苗字は呼び出された事を言わないだろうとは思う…が、バダップは鋭いからな」
「あいつらと苗字、全員別のクラスなのを利用すればいいだろ」
「バカお前、大人数の目の前で苗字に声でも掛けてみろ。即噂になって吊るし上げだぞ」
「特に女子はヤバイ。本当にあれはヤバイ」
「元々アホだって見下してた奴らも苗字は気にしないからな…最近は女子もなかなか、あいつと仲良くしてればミストレに近づけるかと苗字に優しいからな」
「でも苗字は良いやつだから純粋にそれを喜ぶんだよな」
「そして苗字の防御壁がより固くなっていく、と……」
「言うなよ!むしろそこを崩すのが楽しいだろ!」
「楽しくねえよ!一歩間違えばバダップに半殺しにされるんだぞ!」
「でもお前だって苗字の照れる顔が見たいだろ」
「……まあな」
「そうじゃなかったら今ここに居ないだろ」
「この間の雪辱を晴らしたいってのもある」
「俺はぶっちゃけ裏でやりくりしてるけど、苗字の照れ顔なんか並べられればミストレの写真より良い値段が付きそうなんだよな」
「俺らにはタダで出せよ?」
「それは分かってるって。一人じゃ絶対に無理だからな」


「よし、なら……今回手紙は当然苗字だけに。怪しまれないようにお前が書け、いいな」
「じゃあ言いに行くの俺、かよ!」
「照れてんじゃねえよ」
「いや、まあ?俺が一番顔が整ってるって受け取っても?いいけど?」
「バーカ!一番字が綺麗なんだよ!それに一番危険が伴うぞ」
「それでもいい、苗字が俺を意識してくれるんなら一ヶ月二ヶ月の入院なんてわけない」
「意識はされな……気まずさで挨拶ぐらいはされるようになるかもしれないのか」
「待て、じゃあ俺が行く」
「お前が書いて、それを俺が書いたことにすればいい」
「こういうのは逆にそこそこ下手な方が良いんだって!」
「あああああ収集が付かねえな!とにかく一人!一人だ!」
「決め方は!?」
「ジャンケンだ!」


**


いつもどおりの時間に起きて、いつもどおりの時間に家を出る。
いつもどおりの道を通って、いつもどおり下駄箱をまだ微かに眠いまま開く。
この間のものとは違う、薄桃色のシンプルな封筒はいつもどおりではない。


「……デジャヴ?」


一瞬夢かな、と思ったが頬をつねってみると痛い。おかしいな、3週間ぐらい前にもこんな事があったような気がする…いやあった。封筒の色は違うしシールも貼られていないけれど。今度はまさか果たし状じゃないよね、いやこの間の二の舞の可能性であることも捨てがたい。私だって学習する。そりゃあ勿論嬉しいけれど、この間みたいに舞い上がったりは、


「ええと……名前・苗字さん……あなたのことが、ずっと好き、でした……!?」


誰もいないのを良い事に、思わず小声で読み上げた文章の破壊力といったら無かった。この間は陰ながら想っておりました、ってぼやかしてたのに!バダップとまったりお付き合いしていると(なんというか、進展がほとんど無い付き合いをしている自覚はある)、こういった言葉に思わずきゅんとしてしまうようになるのはしょうがないと思う!

口元を抑えて思わず周囲を見渡すけれども誰もいない。聞かれていないみたいだ、良かった。胸を撫で下ろしてからもう一度、今度はきっと本物であろうラブレターをもう一度読み返す。ずっと好きでした、教室でお待ちしています――…「教室!?」元々勉強が遅れていたのがあって、入学当初から人よりもずっと早く登校して勉強していたのをその人は知っているようだった。当然バダップと居る時間と比べるまでもないのだが、思わず浮き足立ってしまう。だって私のことをバダップ以外に好いてくれている人なんて!居ると思わなかったんだもの。嬉しくないはずがない。(ちなみにファンクラブと名乗っていたあの人たちは愛でるだのなんだのと意味の分からないことを言っていたので除外)


「まあ、断るんだけど…」


呟いて、薄桃の封筒を片手にエレベーターのボタンを押す。待機していたのだろう、すぐに開いた箱型のそれに乗り込んで、もう一度封筒にちらりと目をやった。どんな人が書いてくれたんだろう。お礼だけは言わなきゃなあ、なんて考えているうちに私の教室があるフロアにエレベーターが到着した合図を出したから慌てて降りる。私のクラスは目と鼻の先だけど、「……あ!」本当に、誰か居る!ひとつ、人影が教室の真ん中にある。見間違いじゃない、ってことは本当に本物だ!


「……苗字?」


覗き込んだ私に気がついたのか、人影がゆっくりと振り返った。今更教室に入ることをやめられない。「…ええっ、と」開いた扉からゆっくりと中に入ると、見覚えのあるクラスの男の子が立っていた。結構頭が良くて、そりゃあミストレ君と比べるのはどうかと思うけど人気者で、場を和ませるタイプの男の子だ。……えっ!?そんな人が!?


「その、手紙……もしかして」
「…破り捨てられなくて良かった。うん、俺だよ」
「ええっと、すごく言いにくいんだけど…私、」
「校内中知ってるって。苗字がバダップと付き合ってることぐらい。好きなんだろ」
「……うん」
「俺はさ、その…言いたかっただけなんだよ。苗字の事が好きだって」


ぎくしゃくとした空気の最中、真っ直ぐに見つめられて好きなんて言われたら……たまったものじゃない。ゆっくり、ゆっくりと恥ずかしさで頬が染まっていくのを隠すことは出来なかった。いや、まずい。とてもまずい。内心今までにないぐらいには焦っているのに、気恥ずかしさで身動きが取れない。「苗字、握手してよ」手を差し出された。流石にそれを即座に取ることは出来なかったけれど、少し寂しそうに微笑まれたら差し出すしかないよね……あれ?なんで腕が上にあがっ、


「―――っ、わ!?」
「はは、色気の薄い声」
「っ、手!手に、今っ!?」
「海外流の挨拶だよ、昔から伝わる伝統的な」


小さく響いたリップ音が耳から離れない。顔は火が吹き出しそうなぐらいに熱くて、咄嗟に距離を取ったけれども心臓の音が教室中に響いている気がしてならない。「結構女子は喜ぶって聞いたんだけど」違うの、って首を傾げないで欲しい。そんなの知らないから!そもそも、バダップはこういったことに疎いし私だってもっと疎いもの!


「苗字」
「な、なんでしょう!?」
「まだこの時間はさ、誰も来ないよ」
「……そ、それが?私だって今はそこそこ動けるよ!?」
「そうじゃないって。もし今の、好きならもう一回やってあげるけど」
「い、いいいいいいらない!いらない!やらなくていい!」
「そんなに拒絶しなくてもいいのに」


じわり、と一歩踏み出すのに会わせて一歩下がる。元々距離を取っていたせいで、私の背中はすぐに壁に密着したけれど彼はどこ吹く風で酷く楽しそうだ。どうしよう、こういう時はどうするんだっけ、……股間を蹴り上げるしかない!?でもそれは本当に最終手段にしろってミストレ君が本気で嫌そうな顔しながら言ってたっけ。格闘…格闘?格闘しかない?思いっきり足を上げればこめかみを狙えるかもしれない。どうしよう、私武器、せめて棒でも使えた方が強いのに!「苗字…いや名前」「…う!?」考えることに必死なあいだに、とっくに距離は詰められていた。――あ、怖い。抵抗、出来ないかもしれない…?生温い体温が手のひらに触れて、ゆっくりと持ち上げられていって、ああもう見たくない!






「…おい、そこまででやめとけ」
「っ、エスカバ!?」
「名前ー、危ねえ時は相手の股間蹴り上げろって……おい名前?」


……あれ、さっきみたいな、手の甲に嫌な柔らかさが触れる感触がない。手のひらはスースーとした朝の空気に晒されている。名前、と呆れたような声で私の名前を呼ぶその声には聞き覚えがあった。「……エスカ、くん?」ぎゅっと閉じていた目を開くと、こんな程度で…とぶつぶつ言いながら私を覗き込んでいるエスカ君。――と、


「名前、行くぞ」
「…バダップ?え、えっ、なんで、」
「まだ精神力の面に問題があったようだな」
「だってバダップとはまだキスと手しかしてないから――って、待って、立てな」
「手間取らせるな」
「わああ!?」


所謂俵担ぎというやつだ。肩に私を乗せたバダップが、案の定苛立ちを隠そうともしないまま教室の扉を開くパネルに触れる。「じゃあねー、後は任せてよ」「ミストレ君!?」なんで居るの、と聞く猶予もないまま無情にも扉は閉まっていった。ミストレ君はとても良い笑顔で私のクラスメイトの首を掴んで持ち上げていた。あの一瞬の間に何が…エスカ君も珍しく楽しそうに笑っていた。……考えないことにしよう。





私を担いだバダップはエレベーターに乗り込み、見たこともない順番でボタンを押した。感覚的に上と下、どちらに向かったのかは分からないけれども私が見たこともないフロアで降りたバダップは、そのまま見たことのない色の廊下を進み、見知らぬ部屋のドアを開けた。ようやく床に下ろされたかと思えば、バダップが睨んできたから思わず壁の方へ後ずさってしまう。

周囲にはサッカー用品が所狭しと並んでいた。響提督はサッカーが嫌いだと噂で聞いたことがあったけど…こういった施設が学校内にあるってことは、やっぱりサッカーが好きなんだろうか。ぼんやりとそんなことを考えてしまうぐらいには目の前のバダップは怖い顔をしている。現実逃避をしたくなるのも無理はないと思いたい。いや、そもそも私も悪いところが……悪いところはあったんでしょうか。というか、どうしてあの場にバダップ達がいたんだろう。エスカ君やバダップはともかく、ミストレ君があんなに早いなんて…


「名前」
「っ、はい!」
「言いたい事がいくつかある。…が、先に手を出せ」
「本当にごめんなさい情けない生徒で……手?」


どっちの、と思わず両手を見比べるとどうしたってさっき、触れられた方の手に目がいってしまう。それをバダップが見過ごすはずがなかった。(普段、私に触れる時は壊れ物を扱うみたいに優しく触れるのに)多少乱暴に腕を自分の方へ引き寄せるバダップに、思わず心臓が跳ねたのは不可抗力だ。…壁に掛けられた時計を見る。授業開始まで、まだ随分と時間には余裕がある。


「他の男に、もう触れさせるな」
「……は、はい」
「二度と呼び出しに応じるなとは言わない。お前は優しいからな」
「……はい」
「ただし、触れさせるな。二度とだ。…約束してくれ」


頭がおかしくなりそうだ、と小さくバダップが呟いたのは、聞き間違いじゃないはずだ。そっと手の甲に柔らかい、さっきとはまったく違う優しいものが触れる。心臓が破裂しそうなぐらいに音を響かせて、私の頭もどうにかなってしまいそうだ。



やっぱり君しかダメみたいだね



aya様のリクエストでリーベ番外でした!前の二つと若干繋げてみました。
前を書いたのが一年以上前なので自分的にはかなり文章が変わったなあ、という印象です
でもやっぱりバカなモブ男子の会話を書くのは楽しかったので、下におまけがついています。

リクエストありがとうございました!ギャグを書くのはやっぱり楽しいです〜!
主にギャグ成分はおまけに詰めておきました!ご期待に沿えられれば幸いです。

(2014/10/10)




「おい見たかよあの写真!最高だったな!」
「ああ、写真屋はバダップ達を見つけてすぐに逃げたからな…」
「あいつはちょっと調子に乗りすぎたんだよ。つーか触るなんざ掟に反する」
「…ごめん、俺ちょっとよくやったとか思っちゃってたわ」
「………いやまあ俺もそれは思った」
「どこで?」
「名前が驚いて、顔が若干赤いまんま後ずさるところかな」
「俺は追い詰められて目ェ閉じた時、あの時が最高に興奮した」
「お前ら変態かよ」
「いや、なんて言うんだ?こう、怯えて震える姿がぐっときたというか」
「いちいち上げる声が可愛かったしな」
「俺……に、感謝……しろ、よ」
「あああお前は喋るな!傷口が開くだろ!よくやった勇者よ」

「まあ治ったら殴るけど」
「な、んでだよ…!」
「いや、触るのは禁止だっつっただろうが。触りやがって」
「その分の、報復は!十分にミストレ達に受けたけどな…!?」
「後は純粋にムカついたからだな」
「苗字と気持ち悪い雰囲気作りやがって」

「俺はそのおかげで良い写真が取れたけどなあ」
「おお写真屋おかえり。成果は?」
「上々。見つかることなく商談成立。……で、こっちがぎりぎりまで粘った時のな」
「「「おおお!」」」
「上手い、上手いな!?流石だ!丁度このムカつく顔をフレームから外して苗字の顔だけを収めてるのもいい!」
「当たり前だろうが!…で、この顔だよ。ちょっと怯えて、焦って、頭ん中で色々考えてますって言わんばかりのこの顔!」
「最高。それ以外に言葉はいらない」
「ああ、これでこの怪我も報われるな……俺は目に焼き付けたはずなのにな、あいつらに記憶飛ばされた感じがするから俺にもくれ」
「ちなみにミストレとエスカバ、どうだった?」
「地獄」
「だろうな」
「そりゃあそうだろ、あいつら保護者だしな」
「ミストレが父親でエスカバは兄貴っぽい立ち位置にいるらしいぜ」
「怖すぎだろあいつの周囲」
「バダップを牽制してくれるって意味では有難かったかもな」
「ああ。バダップなら死んでただろ」
「死んでたは大袈裟でもその程度じゃ済まないよなあ」
「受身の練習がこんなとこで役立つなんてなー、まあお前の普段の人望もあるだろうけど」
「皮剥いだらただの変態だもんな」


「そうだね、随分と変態的なセリフ回しだったよね」


「ああそれは俺も思った!なんだよ、"好きならもう一回やってあげる"って!気持ち悪ィ」
「それな!吐き気堪えるの大変だったんだぞ」
「言うなよ!テンションが高かっ……た、せい……で………」
「どうした?金魚みたいに口ぱくぱくしやがって……傷口開いたか?おいそっち見ろ」
「い、や、違う!そうじゃねえ!に、げ」


「逃げらんねえよ?」


「うおおおおお!?いつからそこに、おま、エスカバ!?ミストレ!?」
「逃げろ!ネガを守れ!俺達の努力の結晶だ!」
「させるか!一人も逃がすなよ、エスカバ!」
「逃がしたらバダップも怖えしな、お前こそ多少冷静になれよー」
「くそ、喋りながら…!おい!全員ばらばらに逃げろ!」
「逃がすと思う?逃げたいんなら手元のその写真、全部置いて土下座しな」
「いいじゃねえか土下座。多少やり過ぎてる感は否めねえけど…」
「エスカバ、何か言った?」
「…いいや!何も言ってねえ、よっ!」
「ああああああ俺のカメラがあああああ!二代目があああああああ!」






「あれ、バダップ。今日は二人は一緒に帰らないの?」
「野暮用があるらしい」
「珍しいなあ。…ってことは今日はバダップと、二人…?」
「どこか行きたいところがあるなら、付き合わんでもない」
「カノン君のとこに行こうよ!」
「…………」
「えっ、カノン君とサッカーしようよ」
「…………まあ、たまにはいいだろう」
「やった!」


(その笑顔を独占したい。本当は君を、他の誰にも見せたくないのを知っている?)