照れて悪いかよ
※倉間目線
ムカつく。すっげえムカつく。
原因は他でもない、最近いきなり様子の変わった名前の事だ。
――何で浜野に抱きしめられてんだよ
さっきだってそうだ、……意味の分からない事ばかり口走る。
確かにアイツを俺はうっとうしいと思う。
毎日毎日懲りずに何年言われ続けて来たのだろう。――好き、と
当初こそ気分は高揚していたものの、言われ続けるとやはり慣れてしまうもので。
………俺はアイツをどう思っているんだろう
ここ最近まったく名前と顔を合わせなくなってから、ずっと考えている。
図書室で浜野に聞かれるまで考えた事もなかった疑問。
アイツはいつでも俺の隣に居たから、これからもずっと隣に居ると勘違いしていたのではないだろうか。
――名前は傷ついていた、原因は間違いなく俺だろう
アイツは昔からずっと素直だった。……なら、俺は、
「倉間先輩!」
「へ?――うわっ!?」
「何をやってるんだ倉間!やる気がないのならグラウンドから出ろ!」
**
「あーあ、久しぶりに神童に怒られたわ。わりーな天馬」
「…何かあったんですか?倉間先輩がぼーっとしてるなんて」
心配してくれる後輩に大丈夫だと返すが、自分でも頭を冷やした方が良いと思う。
なんせグラウンドの真ん中でぼーっとつっ立っていただけなのだ。出ていけと言われて当然。反論なんてする気も起きなかった。
「悪い、今日はもう帰るわ」
「――倉間」
鞄を持ってベンチから立ち上がった俺に、声を掛けてきたのは浜野だった。
朝のあれを見られただけに気まずくて、今日はなんとなく避けていたけれど。
「話があるんだ、俺も帰るわ」
「……分かった」
そんな真剣な顔で言われたら断れるはずもない。
**
「こないだ、オレ図書室で苗字の事どう思ってるって聞いただろ?」
「へ?……ああ」
河川敷の堤防を歩きながら、今まで何も喋らなかった浜野が出してきたのが朝の事でなかったので少し戸惑う。
「オレな、実は苗字の事結構前から好きでさー」
「は!?嘘だろ!?」
「マジマジ、これ割と本気でさ」
話の流れが唐突に変わった事に戸惑うも、衝撃の事実に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
にかっ、といつもの笑顔で手を頭の後ろに回して笑う浜野に驚きを隠せない。
何で言わなかったんだよ、と言うと言えるか、と頭を叩かれた。
「だって苗字って倉間の事好きじゃん」
「や、あれは冗談で――」
「倉間ってそういうとこマジで馬鹿だよな」
苗字は間違いなく本気だっただろ、と小さく呟いた浜野の顔は見えない。
「あの時図書室な、苗字居たらしいんだ」
「……嘘だろ」
「で、俺らの会話聞いてたみたいなんだよな。……そりゃ、傷付くよな」
――――自分の声が脳内で反響する。
……俺は、なんてことを名前に言ったんだろう
アイツの気持ちを全部否定したんだ、――なんだよ
結局全部自業自得じゃねえか
「倉間、お前さ、苗字の事好きなんだろ?」
「……………」
「ホラ見ろよ、あれ」
何と返せばいいのか分からなくなって、素直に指さされた方に目を向ける。
河川敷の橋の下、野良猫と戯れる名前がそこにいた。
「朝な、河川敷の方に走ってったから――やっぱビンゴだった」
「………なぁ、浜野」
「何?」
「俺さ、なんて言えば良い?」
ふつふつと湧いてくる、――今まで抱いていたものとはまったく違う感情に戸惑う
「照れんなって」
「てっ、照れて悪いかよ!つか、こんなの……!」
「それが倉間の素直な気持ちだろ?」
「―――………」
―――愛しいのだ、恐ろしいほどに。
手元にあった大事なものを失いかけて気がついたこと。
今、きっと俺の顔は真っ赤になっているんだろう。
行けよ、と背中を押してくれた浜野を振り返る事なく河川敷の階段を下り始めた