ばか、そんなんじゃねーよ


「典人ーっ!部活お疲れ!大好き!」
「あーはいはい、お前は本当いつも元気だよな」


サッカー棟から出てきた彼に抱きつこうとするとサッと避けられる。ちゃっかり告白をもかましたというのにスルーされるのは少し悲しい。

……ま、普段の事だ。

時は放課後。部活終了に合わせて毎日のように彼を迎えに来る。
勿論周囲はそんな私たちを噂しているけれど、彼が好きだからむしろ嬉しい。
多分典人は嬉しくないんだろうというのは分かるけれど、口には勿論出さない。

小さい頃からずっと、幼馴染の典人が好きで――気持ちを伝えるためにずっと好きと言っていた。
そうしたらほら、このとおり。素直に表現しているのに逆に意識して貰えなくなった。
最初こそ赤くなってくれたりしたし、中学に入ってからは『軽い気持ちでそういう事を言うな』と怒られたりしたけれど最近はもう諦めたらしい。


「ほらほら帰ろうよ!暗くなるんだからさ」
「あー分かったから押すな!」
「そういえば今日ねー、科学の時間にね」
「人の話聞け!」


――考えていても仕方無い。
いつか気がついてくれるように想いを込めて、彼の背中に思いっきり抱きついたら勿論避けられた。回避スキル上がったなぁ……


**



「あれ、速水君だけ?典人は?」
「あ、苗字さん。倉間君なら浜野君と図書室ですよ」


普段通りに典人のクラスを覗くと、今日は速水君しか居なかった。
典人は今日浜野君と日直らしい。確かに黒板の隅には二人の名前が書いてある。
どうやら前の時間に使った辞書を返しに図書室に向かったらしい。速水君にお礼を言って図書室へ向かう。
休み時間はまだある。そう、少しでも一緒に居たいだけ。
時折迷惑と思われているんだろうと思って自己嫌悪に陥るけれど、なんて考えていれば目の前はもう図書室だ。

扉に手を掛けて中に入る。ふんわりと香る本の匂い。誰かの小さな喋り声。

―――典人と浜野君の声だ。
本棚一つを隔てた向こうで二人の会話が聞こえる。図書の間から見える二人の姿。


「なぁ、倉間ってさー、ぶっちゃけ苗字の事どう思ってんのー?」
「いきなり何なんだよお前は……」


声をかけようとして硬直した。思わずしゃがみ込んで聞き耳を立ててしまう。
――――それは、私が一番知りたいことだった。
心臓がばくばくと破裂しそうで、この音でバレてしまうんじゃないかと思うぐらいで、


「倉間と苗字ってマジで付き合ってるわけ?」


なんて応えるの?ねえ、ねえ、早く……早く、



「ばか、そんなんじゃねーよ。ただの幼馴染だっての」



――――あ、


「へー、じゃあ二人が付き合ってるってのは嘘なん?」
「当たり前だろーが。だいたいアイツが勘違いされるような事ばっか言うからだろ」


「正直若干ウザいし迷惑だし。アイツもいつまでも子供じゃねえんだから」


「うーわ、……ってヤベ、休み時間終わるじゃん。俺終わったー」
「おいマジかよ、――よし終わり、さっさと戻ろうぜ」


ばたばたと走りながら私が入ってきたドアとは違うドアから出ていく二人。
聞いていた事はきっとバレていないはずだ。


―――『正直若干ウザいし迷惑』


ぽたぽた、と落ちた透明な液体はスカートにシミを作った