03駆り立てられた余命に焦燥



デルカダール双鷲の片翼、軍師ホメロスに妹がいるという話は、デルカダールに住む者ならば誰もが一度は耳にする話だろう。実際は従妹だという話も合わせて、それはちょっとした時間繋ぎになるぐらいの話題だった。


「流石、いつ見ても惚れ惚れする手捌きだねえ…」
「勿体ないお言葉です」


遠征に出たグレイグを見送ったあと、ナマエは勇者の母親であるというペルラ始め、村の数人の女と一緒に川で洗濯をこなしていた。初めて共に洗濯をするとなったとき、次々と水面に衣服を放り込んだナマエに村の女たちは激しく戸惑ったものだが、ナマエの唱えたバギが計算され尽くした動きで洗濯物を洗い始めたのを見てからはその効率の良さに惚れこんでいた。ペルラのうっとりとした溜息に謙遜で返したナマエは、満たされない心を見なかったことにして、水面に触れた指先に魔力を集わせる。


「お城の人は皆、魔法を使って洗濯をするのかい?」
「そういうわけではないですよ。普通は手で。私は少し身内に仕込まれたので、応用できないかなと」
「ただバギを唱えるわけではないんだろう?」
「はい。きちんと動きを組んで、呪文として唱えています」
「アタシにはどうも難しそうだ…」
「家族の分ぐらいなら、手の方がむしろ丁寧ですよ」


緻密に練ったバギが川から洗濯物を引き上げ、空中に舞い上げた布地を乾かしながら物干竿の方へと運んでいく。太陽に期待は出来ないが、風を通せば乾くだろう。
グレイグが戻ってくればまたこの砦で暮らす人が増えるのだろうと、考えたナマエの脳裏に過ったのは、他でもない、ナマエに魔法を教えたホメロスの横顔だった。


「……家族、」
「ナマエちゃん?」
「…あ、いえ、なんでも」


自分で選んだ言葉のくせに、間違えたなあと思ってしまうほど、ナマエの精神は酷く過敏になっているようだった。…水面に映り込むナマエの顔は、確かにどこかホメロスに似ているような、そうではないような。面影があるような、無いような。目元が似ていると多くの人は言うけれど、ナマエは一度もそう思ったことは無かった。それはホメロスも同じだろう。けれど水鏡に映った自分の瞳の奥には、ホメロスの姿がちらつく気がするのだ。

――従兄さんは、どうして魂を悪に染めたのだろう。

考えども、何一つ思い浮かばない。血よりも薄い付き合い方をしてきたのかと、ナマエは自虐の笑みを浮かべた。十六年も同じ場所で過ごしていたのに、ナマエはもしかすると、グレイグよりもホメロスのことを知らないのかもしれなかった。


20170924