花になるための呪文
共にエジャルナへと赴いたとき、ギダが優しい目で見つめていた、深い青色のスカート。

購入してからずっと履けずにいたそのスカートは、セレーノにとっての特別な日を彩ってくれているような気がして、浮き足立つ。アストルティアの暦で、今日はセレーノの誕生日だった。特にギダに何かを伝えているわけではないが、誕生日を好きな人の隣で過ごすことが許される、それだけで心が弾んだ朝日が、セレーノに特別なおしゃれを促した。そんなわけでセレーノは今日、彼女にとって特別な服で、アペカのギダの元へ真っ直ぐ、赴くつもりだった。――浮き足立った心が、エジャルナに立ち寄らせるまでは、当然、そのつもりだった。


「あら、セレーノさん」
「あ、エステラさん」


――エジャルナの繁華街で、エステラと遭遇するまでは。

今日の服、とても素敵ですとエステラに開口一番、素直に褒められてしまったセレーノは思わず照れてしまい、浮き足立った勢いそのまま、実は今日誕生日で、とエステラに話していた。まあ!と目を見開いて驚いたエステラは、なぜもっと早くそれを伝えてくれなかったのかと頬を赤らめ、セレーノに祝いの言葉を述べた。まるで言わせてしまったみたいだとセレーノが身を引けば、そんなことはないと首を振ったエステラは解放者様の生誕祭を、教団で開きましょうなどと言い始めるではないか。

ギダの元へ赴く予定がある以上、エジャルナに長居はしたくとも出来ない。エステラからの申し出を丁寧に断ったセレーノだったが、エステラはならばオルストフ様にだけでもこのことを、とそこばかりは譲らない。結局セレーノが折れた果て、セレーノは教団に立ち寄ることになった。総主教の部屋へ向かう道中、すれ違ったナダイアやトビアスをはじめとする多くの教団員に、エステラがセレーノさんが今日、お誕生日なんです!と自慢するものだから、セレーノは竜族たちに予想外の祝いの言葉を多々貰い、喜びに戸惑った。

信心深い人々には皆そうだが、祝いの言葉と共に、幸せを祈られるのは今だ、くすぐったいものがあるとセレーノは思う。何より自分の生まれた日を、自分よりもエステラが嬉しそうに周囲に広めてくれるのが恥ずかしくもあり、それ以上に嬉しくもあり。「…セレーノさん。どうか、貴方にナドラガ神のご加護がありますよう」――ようやく辿り着いた総主教の部屋で、オルストフから掛けられた静かな言葉は、セレーノの心を優しく包み、全員を穏やかな音で満たしていく。ほっ、と息をついたその瞬間、セレーノの頭をある疑問が過った。


―――ギダさんに今日、誕生日なんですと告げたら、どんな反応をするだろう。


元より、言わぬつもりだった。彼はアペカの村に唯一残された若い男手であり、村には彼の関わる仕事が多く存在する。それでなくとも普段から度々家に招かれ、手料理を振る舞われ…そろそろ半分、ギダの家が帰る家の認識となりつつあるセレーノではあるが、二人は婚姻を結んでいるわけでもなく、更に言うならまだ恋人でもない。何よりセレーノの視点からではまだ、自分の一方的な片思い。押し付けがましく誕生日ですだなんていって、何かをねだっているように思われたくないというのがセレーノの本音だ。ギダと一緒にいられるなら、それだけでいいと心から思っている。

…しかし、エステラやナドラガ教団の面々に祝われた今、セレーノはギダからも祝われたいという気持ちを自分に対し、隠すことが出来なくなりつつあった。ギダの優しい言葉で、お誕生日おめでとう、そう言って貰えたら、それはどんなに素晴らしいことだろうとセレーノは思うのだ。好きな人から、自分の生まれた日を祝ってもらえる、自分の生まれてきた事実を、祝ってもらえる。…でもやはり唐突に誕生日なんですなんて、図々しいだろうか。どうしたら、でも、………。考え込んでいる間にナドラガンドではあまり感じない、アストルティア時間は過ぎてゆくばかり。上の空のまま、セレーノは満足したエステラ(後日、プレゼントを渡しますと張り切っていた)に別れを告げ、エジャルナを出た。向かうはアペカの村に変わりないのだが、心持は随分と変わってしまった。


**


「セレーノさん、今日は随分遅かったんですね」
「すみません、ギダさん。エジャルナに立ち寄ったら、丁度エステラさんと会って。それで、話が弾んでしまったんです」
「気にしないでください。約束の時間を決めていたわけじゃないんだ」


もう何度も食事に招いているのに、緊張感が抜けきれない様子のセレーノはギダの目にとても、新鮮に映る。あれほどの強さを持っているのに、ただの食事でこんなにも緊張するセレーノはギダが、セレーノを気遣い選んだ言葉に、ほっと安堵の表情を浮かべ、良かった、と嬉しそうに笑った。扉を開けた瞬間に、遅くなってごめんなさいと頭を下げたセレーノの声色から感じ取った、焦りは声から抜けきっていた。


「ここに来るのに、些細なことは気にしてはいけない、と…思います」
「……優しいですね、ギダさん」
「そうでしょうか」
「すごく、優しい」


優しいと、繰り返すセレーノの表情の方が優しいと言いたくなったギダは、その言葉の気恥ずかしさに口を噤み――…視線の行く先を探した後、ようやくセレーノの纏う衣服の雰囲気が、普段とまったく違うことに気が付いた。特に目を引く濃い青色のスカートが、ギダの目に映り込み、色を瞳に閉じ込める。それは以前ギダがセレーノに同行して、エジャルナに赴いた時に見たことがあるものだった。――亡き兄の髪を思い出させる、その色は強く印象に残っていたから、すぐに思い出せた。セレーノが自分の見ていたそのスカートを購入していたところを見ていたのもぼんやり、思い出したギダははてと首を傾げた。今まで彼女がこのスカートで、うちに来たことはあっただろうか。初めてでは、なかろうか。あの買い物にいった日から、時間は随分と過ぎ去っている。なぜ、今日なのか。


「…あの、ギダさん。優しいギダさんに、その、…お願いがあって」
「………お願い?」
「わたし、今日…誕生日なんです。あ、その、アストルティアの暦の上で、ですけれど」


―――なので、おめでとうって、ギダさんに言って欲しいんです。


言葉はどんどん小さく、消え入りそうなほどになっていくが、ギダはしっかり、最後までそれを聞いた。そしてセレーノのいじらしさに、愛らしさに、溜息を漏らしそうになった。…彼女は自身の特別な日に、自分の選んだものを身に付けてここにやってきたのだ。そうして他ならぬギダに、祝福されたいと望んでいる。耳まで真っ赤に染めて、図々しいことを言ったかと、目を泳がせてギダの返事を待っている。――聞かずとも、分かるだろうに。ふつふつと湧き上がり、炎のようにその熱を放つこの感情が、どういった名で呼ばれているのかギダはよく知っている。


「セレーノさん」
「は、はい」
「…お誕生日、おめでとう。変わらぬ食事と曲しかあげられないけれど、君の生まれた日を祝わせてもらえること、とても嬉しく思うよ」


20170122
t/星食

そるふぇさん!遅ればせながら!遅ればせながら!!;;お誕生日おめでとうございます…!!!めちゃめちゃリソル君と悩んだのですが、ギダセレちゃん(敬語だった頃)を書きたくなりつい…つい…(土下座)ギダセレちゃんは尊いです本当…すき…圧倒的語彙力のなさですが竜族さんと幸せになろうの人なのでほんと心底ギダセレちゃん…すきです…最初敬語だったのにだんだん呼び捨てになっていくさまとか…呼び捨てしてる頃はもうナチュラル夫婦のイメージなのですが、敬語で話している頃は初々しい恋人一歩手前のイメージというか、エステラちゃんにえっセレーノさん、まだギダさんと結婚していないんですか?って真顔で聞かれて真っ赤になってしまうセレーノちゃんはいますかとかそんな…相変わらず偽物なギダさんですがぜひ受け取ってもらえると嬉しいです!
改めまして、お誕生日おめでとうございます!そるふぇさんの一年が実り多き、素晴らしい一年になりますよう!