星を掴んだ少女


例えば思い人から嫌われていたとして、それに気がつかずもしかしたら、なんて考えを持っていた私はやはりとても滑稽で愚かだったのだろうか。

銀河連邦評議会、と名乗る組織がファラム・オービアスに接触してきたのはもうしばらく前のことだ。その時私は上からの命令により、その組織へファラムから送る援助という形で優秀な人材のレッテルを貼られて派遣された。というか、厄介払いも兼ねられていた気がする。私の何が気に食わないのか、私の上司は私を酷く嫌っていたし嫌味を言われることは日常茶飯事だったし。そんなこともあって、私はその時非常にやさぐれていた。どうにでもなれ、なんてヤケクソ気味だった。

それはまあ一瞬で変わったのだ。私が自己紹介を行った後、とても面倒くさそうな顔で振り向いたビットウェイ・オズロックに私は一瞬で目を奪われた。彼がその時何を言ったのか、私はあまりよく覚えていない。協力はいらないだとか、そういった行動は困るだとか、とにかく拒絶の言葉を掛けられたことは確かだ。でも私に戻る場所は無かったし、通信で私の元上司と話を終えたオズロックは渋々私が彼の仕事に協力することを許した。

それからの私の生活は一変した。別段、仕事が変わったわけではなくむしろ接待を受けていた期間が長かったけれど、とにかくオズロックの役に立ちたいと自ら仕事を乞うてひたすらにこなして、を繰り返した。その時はまだ彼が私に向ける酷く冷たい目線に気がついていなかったのだ。ただただ役に立つのだとアピールしたくてしたくてたまらなくて、その末にオズロックが私が彼を好いているのと同じように彼が私を好いてくれたらな、なんて思っていた。

結局は彼らがファラムの人間を恨んでいたという事を知って絶望したのだけど。オズロックに罵られ捨てられたあの決勝戦の前日は私のトラウマとなってしまった。しばらく仕事が何一つ出来ないぐらいには。それほどまでにオズロックのことが好きだったのだと気がついたのはその時で、さんざんに泣いたのをよく覚えている。


**


それから数ヶ月。嫌味を言ってばかりだった私の上司が私を心配して与えた仕事は部屋で行うデータ管理や会計だったりと思わず疑ってしまいそうになるぐらいに優しいものだった。どうやら私をオズロックの元へ送り込んだことを後悔したらしい。仕事だけはきちんとしていたのが功を奏したのだろうか。

おかげで極端に部屋の外へ出る機会が減った私は少し痩せた。髪も少し伸びたし、一人で考える時間が増えたからかなんとなく、オズロックのことを自分の中で整理出来るようになっていた。彼はどうなったのだろうか。この国が続いているということはイクサルフリートは敗北したのだろう。その後は?この国の法律ではどう考えたって死罪だ。

まさかオズロックが生きているなんて露知らず、私は久しぶりに外の空気を吸って、ついでに星空を眺めようと上着を羽織って数ヶ月ぶりに廊下へ出た。窓から見える星空に思わず心を躍らせずにはいられない。そのまま王宮の中庭に出て、ベンチに座ればブラックホールの消え去ったファラムの夜空に満天の星が煌めいているのが見える。


「……数ヶ月前は、ずっと空にいたのに」


―――手を伸ばしても、星には届かない。

同じように多分、オズロックにも手が届かなかった。今更後悔しても遅いけど、とぼやかずにはいられない。「…せめて、ね」拒絶されるのなら好きだと言って拒絶された方がきっと何倍もマシだった。目を閉じると、簡単に浮かび上がってくる記憶。同時に襲いかかってきた眠気に身を委ねたのは、不思議と良い夢が見られそうな気がしたからだった。


**


「……何故眠っている」


不毛な問いかけだと知りつつも、驚きのあまり思わず声に出さずにはいられなかった。まさか野外で女一人、すうすうと寝息を立てているとは。無用心にも程があるだろうと口に出しそうになったが、声は心の中にだけとどめた。代わりにその顔を覗き込んでみる。

数ヶ月前、疎ましくて仕方が無かった笑顔が、騒々しい姿が嘘のように名前はそこで眠っていた。ひたすらに静かなその寝顔に湧き上がってくるのは罪悪感で、見てみぬ振りをすることはもう出来なさそうだった。……疎ましいぐらいの笑顔が今はただ、ひたすらに恋しくてたまらなくなっている。

思えばファラムの人間で一番長く接したのが名前だった。――というよりは付き纏われていたのだが。表面上ファラムの人間と友好関係を結んでおかねばいけなかった私にとって、他人のテリトリーだとか、感情を汲み取ることをしなかった名前は邪魔でしかなかったが、逆にそれは無くなってしまうと寂しくなるのだと最近はしみじみと実感していた。オズロック、と呼ばれたような気がして後ろを振り返る回数は最近増える一方だ。

存在を否定し、突き放したことを今やこんなに後悔するはめになろうとは。消息が途絶えたことも原因のひとつだろう。どこで何をしていたのか、…その前に気になったのは目の下の隈と少し痩せた体だ。冗談でもなんでもなく、この女が私を酷く好いていたことを私はとても良く知っている。


「…起きろ」


初めて触れる体は暖かく熱を灯していた。風邪を引くだろう、と続けると小さく名前が唸り声を上げる。…そういえば、最期に見た名前の目は光彩を失っていた。嫌な汗が背中に流れる感覚。何故焦っているのか自分でもよくわからないまま、なに、と小さく声を発して体を起こした名前の目を覗き込んだ。ゆっくりと開いた目が数度、まばたきをして私を捉える。


「え、」
「……なんだ、その反応は」
「ひっ、あ、お…!」
「まさか死んだとでも?」
「…生き、てるの?なんで、私の……」


怯えた声と震えた肩に苛立ちが募った。自分から突き放したというのに今は離れていく名前がうっとうしい。こいつは私に近寄りたいのか?それとも離れたいのか?…少なくとも私は今、近寄られても拒絶はしないだろう。目線を左右に彷徨わせ、落ち着きのない動きをする名前からは今すぐ逃げ出したいという様子が手に取るように分かってしまう。ああ、私がここにいるのは何故かとでも言いたいのか。


「女王の慈悲でテロは不問だ」
「……………え」
「この王宮で働いている。我々は皆、女王に仕事を貰った」
「じゃあ、みんな…生きてる」
「お前は今まで、どこで何をしていた?」
「……部屋で、仕事を」


女が面倒くさい生き物だというのは、今も昔も変わらないようだ。おそらく私の言葉に傷つき部屋に篭っていたのだろうということが今の言葉ではっきりとした。「ねえ、もういい…?私部屋に戻らなきゃ」仕事がまだ残っているから、と早口でまくし立てた名前がベンチから体を起こして立ち上がった。「それじゃ、…おやすみなさい!」走り出そうとでもしたのか、自分の上着の裾を足で思いっきり踏み込んだ名前がバランスを崩した。わざとやっているのか、と毒づきたい気持ちを抑えながら腕を伸ばして支えてやる。はじかれたように顔を上げた名前がこちらを振り向いた。


「……ねえ、私のこと嫌いなんじゃないの」
「嫌い?」
「そう!…言ったじゃない。"目障りだ"とか"消えろ"とか、…"疎ましい"って」
「ああ、言ったな」
「じゃあ、無様に転ぶ私を見てれば良かったんじゃない」


目を逸らした名前は私のことをよく見ているかと思いきや、まったく見ていなかったようだ。この女は私のことを好きな自分が好きだっただけではないのか…「なんとか言ってよ!」腕を離さない私から名前が身をよじって逃げようとする。


「嫌いだとは言っていないな」
「……は、」
「テロリストの集団の中にいて、危害を加えられずに居たということをお前は不思議に思わなかったのか」
「………えっ、と」
「我々はいつでもお前を殺せる立場に居たのだぞ」
「…………」
「意味が分かるか」


動きが止まって、体から力が抜けていく名前を引き寄せてベンチに座らせた。「さて、名前。言いたいことがあるのなら聞いてやる」呆けたままの名前はしばらく動きを止めたあと、信じられないものを見るような顔をして私を見上げた。そのまましばらく見つめ合ったあと、小さく口を開いた名前は好きです、と小さく呟いた。

思わず緩む口元を必死に抑えて、半分夢見心地なのであろう名前を抱き寄せてキスをする。満足感が心を満たしていく、この感覚は悪くないと思う。「…ああ、私にもお前が必要らしいな」唇を離して、思わずそう呟いた私を見上げた名前の目には、星を散りばめたような光が灯っていた。



星を掴んだ少女



(2014/03/19)

ポエムくさい なんか変 恥ずかしい→でボツにしました