無題



光線銃を腰に廊下を走る。まさか元テロリストが、死罪を免れてララヤ女王のそばで働くことになろうとは。それもかなり上位の地位で!

いつまた国の重要区間を占拠しようとするのか分からない、そんな危険な人が女王の傍で働くなんて考えられない。衛兵としても、女王の個人的な会話相手としてもビットウェイ・オズロックがこの国に居ることはとても危険に思えた。今こそとても大人しいけれど、腹のなかで何を考えているかなんて分からないじゃないか。

ララヤ様の命がもし奪われでもしたら?新しいリーダーとしてようやく認められてきたララヤ様がそれこそ命を落としてしまえば、ファラムの国家はすぐに機能しなくなるだろう。正統後継者はいない王家を、誰が継ぐのかと争いが起こるだろう。ばらばらになったそこをまた狙われでもしたら?恐ろしいことになるのは確実だ。ファラムだけではく、宇宙が再び危機に直面するだろう。

――そう、それを防ぐためにこの命を使えるのなら安いだろうと自分に言い聞かせて廊下を走る。誰もやりたがらないこの作戦の実行者に選ばれたのは私で、オズロックと面識がある上にそれなりに心を許されていると判断されたからこその命令だった。逆らえないそれに対して、私は頷くことしか出来ない立場にあった。

少し、いやかなり酷な話だ。秘密裏に進めてきたのだと薄気味悪い笑顔を浮かべた上司はイクサル人が国家に介入するのを良しとしない派閥に属するファラム人であり、現在オズロックが担当している分野を後々の出世先を狙っていたのを私は知っている。計画が狂ったと喚き散らしたのも知っている。完全に逆恨みのその行動で、他人の(しかも思い人の)命を奪えと命令された私の気持ちなんてまったく理解されないのだろう。

喋ってみればきっと、すぐに分かる。

オズロックはそれこそ態度は刺々しいけれど、ララヤ様に対しては忠実だし、話せない人間ではないのだ。ララヤ様もオズロックを対等に扱い、二人は確かにリーダーとして歩みはじめたばかりなのだ。なのに、なのに!私が、私が……いや、嘆くのはよそう。自分を悲観したって、もうなんにも変わらないし変えられない。

ゆっくりと走る速度を緩め、ひとつの角を曲がった先には少し大きな部屋の扉。すれ違った上司に気に入られている、厭らしい笑顔が特徴的な同僚は皮肉交じりにしくじるなよ、と私の肩を叩いてきた。嘲りの意味も込められていただろうし、何より触れられたことが酷く不愉快でたまらない。そうね、と返した笑顔が強張っていなかったことを祈る。少なくともオズロックはこんな風にしない。


「なあ、名前。お前は本当に災難だよな」
「……そうかもしれないけど、あなたなんかに関係ないわよ」


さらりと流すつもりでそう返すと、不機嫌そうに同僚は顔をしかめた。「調子乗ってんじゃねえよ」今すぐここで騒ぎ立ててやろうか、とにやにや笑う同僚は普段、とても品行方正な人間として民間の人々に爽やかな作り物の笑顔を振りまいている。「本当に災難だ!親は消える、兄弟は死ぬ、挙句に身元引受人には殺しの道具にされる!」同情するよ、とまったく同情の色が見えない声で言われたってなんの説得力もない。


「もういい。どいて。オズロックの部屋の周りには誰もいないんでしょう」
「ああ。イシガシは俺が呼び出したし、他の奴らも上が上手くやってる」
「……彼らに恨まれるのはどう考えたって私なのにね」
「そんな事俺たちは知らないさ。お前がバレないようにやればいいだけだ」


これは女王の為であり国の為だ、と言いながら同僚は私に小さな何かを差し出してきた。「上からだ。…いざって時は使えだとよ」受け取ったそれは薄い色をした液体の入った小瓶だった。この液体を私は知っている。…あの人は、どうやってこんなものを。そんなにオズロックは憎むべき相手だというのか。衝動で殺したいと思うのなら、どうして私にやらせるのか。


**


随分と身勝手な事を言う、昔は優しかった人を思い出しながらドアをノックする。

入れ、と告げられた声にドアを開くと、机で書類と睨み合っていたオズロックが顔をあげて少しだけ驚いたような顔をした。「…名前か」恐らく、イシガシあたりだとでも思っていたんだろう。忙しそうな様子を見て、どくどくと心臓がいやな音を立てた。忙しいから後にしろと、追い返してくれればどれだけいいか。

しかし私の姿を認めたオズロックは手を止めて、うっすら笑顔を浮かべたかと思うと楽しそうに笑った。「名前」「……なに?」「声もだが、膝が震えているぞ」くつくつと小さく笑い声を漏らしながら酷く楽しそうに私の足を指差した彼はゆっくりと立ち上がった。「珍しいな。腰のおもちゃは何に使うんだ」…おもちゃじゃない。おもちゃじゃないの。私は今から、あなたをどうしても殺さなきゃいけない。

お願いだから今すぐにその手元の電話で、衛兵達に通報して欲しかった。こんな危険なものを持ってこんなところにいる私は明らかに逮捕の対象なのだから、そうしてくれるのが一番嬉しかった。だって私はあなたを殺したくない。生きていて欲しい。「ねえ、オズロック」私のしたいこと、分かるんでしょうと呟いた声は小さかったけれども確かに聞き取ってもらえたようだった。小さく鼻で笑う声が静かな静かな部屋に響く。


「名前、お前は私を好いているのだろう」
「っ…!」
「ほう、やはりか。だが私はお前を愛している」
「な、!?」
「お前が私を好いているのではなく愛していると言うのなら、受け入れてやろう」


―――ねえ、何を言っているの。

両手を広げ、一歩一歩、距離を詰めてくるオズロックに対し、気が付けば後退をしているのは私の方だった。腰に伸ばしかけていた手が触れて、がちゃがちゃと大きな音を立てながら光線銃が床を転がる。手の中に握ったのは毒薬の瓶。

数十秒もしないうちに私は壁に背を密着させ、目の前にオズロックを捉えていた。愛している…?これはなんの冗談?それとも夢?最期の最期に、一番欲しかったものをくれるのにそれを自分の手で捨てなければいけないなんて!神様は一体どんな神経をしているんだろう。毒薬の瓶の蓋を開けると、ふんわりと甘ったるい香りが鼻腔をくすぐった。


「名前」
「……嘘でも愛してるなんて言ってもらえて、最高に嬉しい」
「私を殺したいのだろう。あの男はいつも私を疎ましがっていた」
「そうだね、うん……そうだよ」
「そしてあの男は、お前の親代わりだ。どんな人間でもな」
「………うん」


ひとつ頷くと、なんだかもう全てがどうでもいいように思えた。大事なのはひとつ。目の前にいるオズロックの目はまるで宇宙みたいに底無しで深くて、このままそこに溺れてしまいたいなあと強く思った。「ねえ、オズロック」私もあなたを愛しています。

出来ることなら笑顔で言いたかった、なんて思いながら瓶の中身を一気に煽った。瞬間、引き寄せられて唇が触れて、ごくりと喉を液体が通った。飲み込めなかった分はオズロックの口の中に入ってしまったようで、私と少しだけタイミングがずれて、オズロックの喉が上下するのを私は見た。「好きだよ、ねえ」最期にもう一回キスしてよ、とねだるつもりで動かそうとした体はもう動かなかった。







(2014/03/12)

何を書きたかったのか自分でもよくわからない
オズロックと交流がない→グッドの分岐先もあります

親=上司 モブは保身しか考えられないタイプ。顔は悪くないイメージで表裏がある。