常闇でさようならを


彼はとても美しく、そして秘密で覆われていた。不思議なその雰囲気に惹かれたのはいつからだっただろうか。始めて見た時からかもしれない。地球人にはない、独特の儚さのようなものがあった。人間は自分にはないものに惹かれるらしいから、私が彼を好きになったのもきっと当然のことなのだろう。

そっと温めていた思いを打ち明けた時、少しだけ目を見開いた彼を覚えている。困ったように眉根を寄せた表情は始めて見るものだったから胸が高鳴った。必要最低限以外はあまり口を開かない彼の"表情"を始めて見た瞬間だった。だから自分は特別かもしれない、なんて淡い期待を抱いたのだ。そうして私は、彼に何度か好きだと言った。新しい星に行く度に彼に会えるのならと、みんなとは少し違う理由で必死になった。

―――そうした末に、成就した恋だというのに。


「……どうして、そんなところに」


私達の前に立ちはだかるイクサルフリート、その中央のオズロックを囲むように並ぶメンバーの中に彼は居た。目に静かな炎を携えて、憎しみでそれを燃やしている。ぞくりとする嫌な感覚で縛られていく。彼は敵だった。この瞬間にはっきりと理解したのだ。彼が私の想いを受け入れると言ったのは恐らく嘘で、本当はそんなことどうだって良かったのではないかということを。だってほら、私を見る目に感情なんて伺えない。


「苗字、何ぼーっとしてんだ」
「ちが、嘘……だって、だってイシガシさんが!」
「はあ?アイツが向こうに居るって事は、俺達を騙してたってことだろ」
「でも!」
「なんでそんなに固執してんだ…ああ、お前あいつの事好きだったっけ」
「……"付き合う"って、」
「は?宇宙人と?お前正気かよ、馬鹿じゃねえの」


頭冷やしてさっさと準備しろ、と背を向けた瞬木の言葉にますます奈落に突き落とされる感覚を覚えた。確かに瞬木の言うことは理解出来るのだ。でも、異星人同士だからって好きになってはいけないわけではないし、…想いを通わせてはいけないわけではないと。そう思っているのは自分だけではないと信じて疑わなかったのに、目の前で裏切られたと知った瞬間に固く結んでいた覚悟はぼろぼろと崩れ落ちてしまった。

騙されていた。嘘ですよね、と叫び出したかった。けれど今思えば好きだ好きだと私一人で突っ走っていただけなのかもしれない。それでも、まさか剣城君を全力で探してくれると言ったり、私達のサポートをしてくれた彼が…なんの感情も読み取れない目が怖い。

気が付けば膝の力は抜け落ちていた。そんな私を面白いものでも見るような目でオズロックが見下している。「馬鹿な女だな」…本当に、その通りだ。今の私は盲目故に相手の本質を見抜くことが出来なかった馬鹿で、尚且つその相手に底まで溺れてしまっていて、現実を受け入れることが出来ない馬鹿な女だ。事実を言われても否定ができない。


「……名前さん」


はっと顔を上げた。オズロックの隣にはいつの間に歩いてきたのか、イシガシさんが立っていた。思わず口を開いて、……しかし私の口から言葉は出ない。そんな私の目の前で彼は膝を付いて私に顔を寄せた。一瞬だけ期待で胸が膨らんでいく。

もしかして、オズロックに言われてやっているとか?本当はイシガシさんは私のことが好きだとか?仕方なしに戦わなくてはいけなくて残念だとか?それとも一緒に来いだとか?私はきっと、彼に言われたらどこにだって行けるのだ。なんでも言うことを聞くだろうし、頼まれればどんなことだってするだろう。ねえ、だからイシガシさん、


「勘違いも甚だしい。滑稽な人ですね、貴女は」


――掴まれたのは髪の毛で、痛みに呻く余裕さえない。どこかで何かが壊れるような音がして、遠くから瞬木の私を呼ぶ声が聞こえた。無理矢理持ち上げられた頭ごと、それを振り払ったイシガシさんの目はやはり始めて見るものだった。私をまるで醜いものでも見るかのようなその目に希望はどんどん塗りつぶされていく。一人芝居をしていた私は彼の目にどう映ったのだろうか。


常闇でさようならを



...DOGOD69

(2014/02/27)

続きがあります。アニメでイクサルが終わったあたりに出します。
偽物臭が恐ろしい…