壊れてしまった玩具が欲しい


――誰にだって限界というものはある。

今すぐにあの人から貰った全てを叩き潰して消してしまいたいと、部屋に戻る足取りと私の鼻息は荒かったのだろう。廊下ですれ違ったイシガシがどうかしたのか、と不審気な目を向けるぐらいには。ええ、分かっていますとも。彼と私が釣り合わないことぐらい。

今更涙なんて出なかった。そりゃあ以前の行いから考えて、彼の今の待遇は明らかに贔屓されているものだし、周囲からのバッシングも相まってストレスが溜まることだって多いのだろうと思う。でも、でも…流石にストレス解消とはいえ、私以外とキスをしたりだとか、ベッドの上でそういった行為を行うだとか、そんな事をする必要は無いんじゃない?それともオズロック達の種族はそういった事が当たり前なのだろうか。ファラム・オービアスで生まれて育った私には何も分からないよ!


「ああああもう!ムカつくムカつく!」


もしかしてまだ恨まれているのかなあ、なんて頭の隅っこで思い浮かべながらベッドに飛び込んだ。クッションを抱えて毛布を被り、体をすっぽりと覆えば少しだけ安心感に包まれる。部屋の扉が自動で閉まってくれる仕組みでなければ、この私の様子は廊下からまるまる見えていたのだろうから時代の進歩に感謝した。

ファラム・オービアスがオズロック達の星を滅ぼした事に代わりはなく、私がファラム・オービアスの住民であることにも変わりはない。そうして更に言うのなら、想いを先に告げた私が彼に弄ばれている可能性だってあるのだ。あの時どうしてララヤ様にオズロックの世話係を命じられて、断ることをしなかったのかと昔の私を思い返して恨んだ。断ることは出来たはずなのに、私はどうしてそれをしなかったのだろう。

受諾した結果、ずるずると彼にのめり込んでしまって傷ついている。選択肢を間違えてしまった私は、どうすればこの傷を癒せるのだろう。オズロックには抱きしめられたことも、キスをされたこともない。触れるのすら躊躇うのに、愛の言葉は(私からだけれど)囁くことは出来るなんて。返してもらえないと分かっているのに、私は彼に貢物をしていないと気が済まないのだ。利用されるだけ利用されているのかもしれなくても、それでも。ビットウェイ・オズロックが好きで好きてたまらないのだ。

半ば病気じみた自分の思考は完全に、彼に弄ばれている。それを知っているのに別れを切り出すことができない。オズロックが私にくれたものなんて、本当は何一つだってないのに。ポケットに入っていた小さな飴玉だとか、そういったものばかりなのに。(そんなものは全て、自分の口に入れるのを躊躇われて引き出しの中で眠っている)…私達は本当に交際をしているのだろうか。私だけがそんな気になっているのではないかと考え始めると、もうなにもかもが分からなくなりそうだった。オズロックは確かにあの時、私の気持ちを受け入れて…それに応えたはずだ。夢ではなかった。頬をつねると痛みが走ったから、あれは夢ではない。

飽きられた?つまらない女だと突き放された?それとも気に食わないことをした?私へのあてつけであんな事をしている?分からない。分からない。元々この宇宙を侵略しようとしたような男だから、益々その行動の意味は分からない。私はいつだって平和主義だし、のんびりとした余生を過ごすことが出来ればいいと王宮に仕えた人間だ。

……――きっと、私なんかが彼の全てを理解するなんて、


「……出来ないよ、無理無理」


柔らかなクッションに再び顔を押し付けると、諦めが脳を支配した。涙なんて勿体無くて流せやしない。もうオズロックの事を考えるのはやめてしまった方がいいのだろう。所詮、釣り合わないのだ。好きだと言っていたのは私だけだったし、それで私が哀れにでもなったんだろう。哀れみで私は彼の隣を許されていたのかと思うと虚しくなった。

胸がぎりぎりと締め付けられて痛みを訴える。こんな気持ちは初めてだった。ああ私は本当にオズロックが好きだったのだ。周囲がいくらオズロックを嫌っていても、周囲がいくら私の頭をおかしいと言っても、周囲がいくら…異星人同士の結婚を認めないとしても、それでも。それでも彼の傍にいられた時間は幸せに満ちていた。簡単な話だ。私が幸せだったというだけで、オズロックは私の事をなんとも思っていなかった。だからこんなことになっているんだ。要するに、私の気の迷いが全ての原因だ。

―――だから、これは自業自得。

そう考えればいくらかは心が楽になった。オズロックが悪いわけじゃない。彼はそう、何も悪くないのだ。原因は結局、私にあるのだから…私に彼を責めることはできない。もしかしてオズロックはそれを理解している?私に気づかせるためにあんな事を?ならばお礼を言わなきゃならない!そうして、私から彼を解放しないと!


**


飲まされた飲料に含まれていた成分のせいで、どうやら自分は"二日酔い"と言われる症状に陥ってしまったらしい。痛む頭を抱えながら起き上がると、隣に昨晩抱いてくれと頼んできた女が裸で寝息を立てていた。断ったがどうやら飲み物にやられ、…我慢していたことにより流されてしまったのだろう。けれどまあ、名前とこういうことを出来るかと思えば出来ないのだ。隣の女はどことなく名前に似ていて、無償に自分に嫌気が差した。普段ならばこんな事、気にもならないというのに自分はどうしてしまったのだろう。

黙って服の袖に腕を通し、女をそのままに部屋を出た。私としたことが情けない。昨晩の記憶が残っていないのだ。恐らく――大分飲まされたのだろう。疲れていた事もあり、酷く押しに弱くなっていた状態の自分が最期の記憶だ。思わず舌打ちをしてしまうぐらいに苛立ちが募った。最悪だ、非常に気分が悪い。


「おはよう、オズロック」
「ああ?…なんだ、名前か」


シャワールームへ向かう廊下の曲がり角に居たのは名前だった。「朝が早いとは珍しいな」声を掛けるとそうだね、と返事が返ってくる。「昨日はすぐに寝ちゃったんだよ。おかげで仕事がまだ残ってる」その顔はどこか寂しそうで、しかしこういった時にどのような言葉を掛けるべきか私は知らなかった。しかし、知らないながらも会話を続けずにはいられなかった。どことなく体をすっきりと流してしまってから会いたかったと思いながら、ララヤ様許してくれるかな、と苦笑いをする名前と向かい合った。

―――どのぐらいの仕事か分からないが、手伝ってやらんこともない。


「あのね、実は言いたいことがあって待ってたの」


言葉は名前の声に掻き消され、耳は名前の言葉の続きを待った。言いたいこと?私に、何が?異星人同士の恋愛を周囲が(主に、名前の血縁者が)認めないという話は名前が無視をするからいいのと言っていたから解決したと思っていた。それともなんだ?私がグランドセレスタ・ギャラクシーで行おうとした事を知って今更ながらに私が嫌になったとでも?…名前はそんなヤツではない。それはしっかりと認識していた。だというのに目の前の名前はまるでそんな事を言い出しそうな顔なのだ。なんとなく嫌な予感に思わず身構えそうになるが、その前に名前の口が開いた。


「ごめんね、私なんかじゃ駄目だったんだよね。だって私はオズロックをなんにも理解出来ないんだもの。私から付き合ってって頼んだのに、オズロックからの言葉だとか、行動だとか、求めちゃダメだったんだよね!でも、さあ…その、流石に……昨日はさ、私、……部屋に行くって行ってたのに。見せつけるみたいに目の前であんなことされたら、そんなの…っあああ!ごめんなさい!ごめんなさい!私、私、オズロックが好きだけど、もう好きだって言えないの!」


全部私が悪かったから、解放されることを喜んで!と叫んだ彼女が崩れ落ちた。はあ、とでも言い返してやれば良かったのだろうが、生憎私には先程の嫌な光景が思い返されたのだ。酔って女と絡んでいた私を、名前は見てしまったのだろう。

光彩を失った名前の瞳を見下ろした。溢れ出た涙はきらきらと光っていて、それが元々は名前の目の中にあった光なのだ。彼女は私のことを好きだと何度も繰り返した。しつこいと思うこともあったが、それは全て愛情を表現していたのだろう。大きな愛情は私の裏切りにより(意図していなかったとはいえ)壊れてしまったようだった。その大きさに呑まれていた名前も、崩れ落ちたと同時に壊れてしまった。

付き合っていたとはいえ、あまりその意味が今でも良く分かっていない私は無表情でそれを見下ろした。罪悪感は無い。名前以外の女を抱いたという事に対しての罪悪感は多分、普通に比べれば恐ろしいほどに少ないのだろう。

いや、罪悪感を感じるより先に気分が酷く気分が高騰していた。目の前の女を、もう名前ではなくなったその女を、初めて心の底から欲しいと思ったのだ。



壊れてしまった玩具が欲しい



(2014/02/21)

企画に提出しようと思ってたんですが、気がついたらどう足掻いても意味不明になってたのでこっちに投下。
夢主は多分被害妄想が甚だしい。想像力が豊か。病んでしまう手前ぐらいの愛をオズロックさんに抱く。オズロックさんは多分純粋に思いをぶつけてきてる頃の夢主を嫌いではなかったし好意を抱いていたから交際を了承したけど、でも心から欲しいと思わなかったからキスやらなんやらはしなかった…みたいな感じです。無駄に長いのでこれは流石に提出出来ないなあと思ってこんなことになりました。