その剣城君は本物?偽物?


「……剣城、くん?」
「どうした、不思議そうな顔して」


口調も声も、何もかもいつも通り。触れてくる手の感触も、剣城君の温度もいつもと一緒。なのに―――違和感でいっぱいになっている、この胸の中はなんなのだろう。

ふと見上げると普段と少し違う、私を見る目に何の感情も篭っていない瞳があった。……ねえ、本当にあなたは剣城君なんですか?そう問いかけたいのに言葉は出てこない。だって、剣城君はいつも私にキスをしてくれるとき、とても優しい目をしている。だから体全体を預けて安らかな気持ちになれるのに、まるで今日は知らない誰かに触れられて、知らない誰かに体を預けているみたいなのだ。


「俺が怖いのか」
「っち、違うよ!怖くない、剣城くん、……なら……」


あなたが本当に剣城君なら、怖いはずなんてない。なのにどうして体は恐怖で震えるんだろう。宇宙だから?それとも――「ねえ、剣城くん……私の名前、」呼んでよ、と出した声さえも震えていた。「名前」普段なら嬉しさと恥ずかしさと、高揚感で満たされるはずの剣城君の声に呼ばれる自分の名前がまるで、別の誰かを呼んでいる気がする。


「名前、どこか悪いのか?」
「そんなことは…」
「無理しなくていい」


――優しく頬に触れる手のひら。

それはいつもの剣城君に見えた。もしかして、幻覚でも見ていたんだろうか。この違和感は私の体調が悪いせいなのかな……そうだよね、剣城君が剣城君じゃないなんて、私もなんてバカな事を考えたんだろう。うん、目の前にいるのは紛れもなく剣城君だ。

心の中で肯定すると、無理矢理異物を飲み込んだような感触のあと、すっぽりとそれは胃に収まった。剣城君の顔が近づいて、ああなんだか――少し変わった?なんて思いながらもその唇と舌を受け入れた。瞬間、とてつもなく大きな罪を犯したような罪悪感に襲われた。

ねえ、私は、今誰とキスをしているの?





(名前、名前っ…!それは、それは俺じゃない!俺にそっくりだけど、俺はここにいる!どうして、どうして気がつかないんだよ!名前、っ……!おい、これはどういう事なんだ!?どうして俺にこんなものを見せる!第一に俺をどうするつもりだ?!…っ、名前、!)

(2013/11/05)

気がついているのに、余りにも似ているせいなのと、偽物なんて有り得ないという考えに囚われて剣城を意図せず裏切っちゃうそんなお話。