二人きりの宇宙旅行


―――ねえ、今から花火やらない?


『花火?良いけど、どこで?』
『河川敷だよ。もう準備してるからさ、急いで!』
『ちょ、ちょっと!いきなり急過ぎない!?みんなは?』
『いないよ』
『……へ?』

『私と天馬だけで、こっそり花火しよう』


誘いを受けて、秋姉にちょっと出かけてくるからと声を駆け、必死で走ると河川敷が見えてきた。堤防から見下ろせるその場所の中央に、誘いをかけてきた張本人である名前が小さな火花と共に佇んでいた。先に始めるなんてずるいや。


「名前!」
「あ、天馬。……やっと来た」


来ないかと思っちゃった、なんていって少し寂しそうに笑う名前。「何かあった?」「ううん、別に。花火が特売だったから、天馬と一緒にやりたいなって思っただけ」そう言って吹き出し花火を両手に掴んだ名前は、その片方を俺に放った。反射的に掴んだそれを握ってぼうっと名前を見つめると、名前はひょいひょいと手招きしてくる。


「ほら火、こっち」
「いやいやいやちょっと待って!?大人の人もいないのに、俺達だけで!?」
「天馬は真面目だなあ。大丈夫、バレなきゃいいの」
「そういう問題じゃないって!」
「……むー、じゃあ、吹き出し花火はやめる」


取り出したのは手持ちのタイプの花火。「こっちなら良いでしょ?」「で、でも……」どうしても躊躇ってしまって名前の元へ踏み込めない。「ねえ名前、」「なに」「どうしていきなり花火なの?」花火なら、昨日みんなで花火大会に行ったばかりじゃないか。夜空に大輪の花が咲いた光景を、名前もみんなも目を輝かせて見入ったはずだ。


「昨日の花火、満足じゃなかったの?」
「………ばーか。天馬のばーか」
「む、それどういう意味」
「女の子から誘わせといてそこまで言わせる…?鈍い鈍いとは思ってたけどさ」


――昨日の花火大会、一緒に行こうって誘ったら頷いてくれたから、期待してたのに。


「………」
「ここまで言っても気がつかない、なんて言わないでよ」


か細い声に、頭を何かで殴られたような感じがした。先週の誘いのメールにどれだけの勇気が込められていたのか、それに対して本当に何も考えずに、そうだみんなで行こうと勝手に…名前も喜ぶだろう、って。それは不正解ではなかったけれど、同時に正解でも無かった。つまり俺は名前を無意識のうちに傷つけてしまったってこと?


「私たちさ、付き合ってるのにそういう…恋人っぽいことしたことって無いじゃん。中学生だし子供の恋愛だし、そりゃ当然だと思って受け入れてたよ。でも、流石に、昨日のは……正直凄くドキドキしてて、一生懸命可愛くなれるようにって努力したのに、――初めてのデートになるはずだったのに、私の浴衣、最初に見てくれるの天馬になるはずだったのに、さ……酷いって」



言葉はとっても重いくせに、名前はどこか諦めたような笑顔。「名前、俺…」
「楽しかったから謝んなくていいよ」みんなも笑顔だったし、それが天馬の魅力だから。「むしろ、ここで予想通りに二人で屋台デートなんて、簡単にいくと思って無かったしさ」何より人ごみで二人きりなんて、同級生にでも見つかったら休み明けに噂は既に広まっているだろう、と名前は一気にまくし立てた。それは俺をフォローしているようで、同時に自らを慰めるように言い聞かせているようでもあった。ねえ、俺に何が出来る。不甲斐ないけれど、それでも名前を想う気持ちは変わらないんだ。……恋人なんて、名前が初めてだから。そう告げると名前は少しだけ目を見開いて、それからくしゃりと顔を歪めた。「――線香花火で手、打ってあげる」それだけでいいのと名前に問うと、それが嬉しいのだと名前は、ここにきてやっと優しく微笑んだ。


**


ぱちぱち、と小さな音は河川敷に響くことがない。聞こえているのは俺と名前だけ。真っ暗な河川敷の隅で名前と俺はお互い向かい合って石階段の一段に並んで腰掛けて、線香花火に火を灯していた。周囲は真っ暗で、本当に小さな火花に照らされた名前と俺だけが、誰もいない真っ暗な空間に浮かび上がっている。

まるで線香花火の火が惑星で、宇宙には俺達二人しかいないみたい。


「……綺麗だね、線香花火」
「…………」


名前は何も答えない。そのうち火花が小さくなって、俺の持っていた線香花火の赤い丸いあの部分は、ぽとりと地面に落ちてしまった。名前のものはまだ、小さく火花を散らしている。それを敢えて見つめ続けないで、ゆっくりと夜空を仰いだ。――満天の星が、夜空に散らばっていてプラネタリウムよりも美しい。そのうちぽとりと名前の線香花火も明るさを失って、周囲には静寂と夏の夜の涼しい風が少し、それから優しい何かが広がっていく気がした俺はなんとなく口を噤んでしまう。


――不意に、名前の手が俺の手を掴んだ。


驚きで声を出しそうになって、寸でのところで声を飲み込む。絡められた指を絡め返して、ゆっくりとその手を握り締めた。「ねえ、名前」「……なに?」「俺はさ、ずーっと名前と一緒にいたいって思うから、さ」今はまだまだ子供だから、分からないことも多いけれど、それでも二人で知っていけばいいと思うのだ。「名前はどう?……俺のこと、嫌いになった?」「……嫌いになったんならこんな風に怒ったり、悲しくなったり、――手繋いだりしないよ」まーた言わせたな、と悪戯っぽい顔で少しだけ頬を染めた名前に、どうしてだか抱きしめたくてたまらなくなった。本能に従ってぎゅうっと名前を抱きしめると、名前から素っ頓狂な声が漏れて少しだけ笑ってしまうと、不満気に怒られてしまった。



それからしばらくじゃれあって、名前を抱きしめたまま二人で再び空を仰ぐと、星の煌く夜空に二人きりで呑み込まれてしまうかのような錯覚を覚えた。「宇宙に二人っきりみたい」「……さらっと恥ずかしいこと言うなあ」恥ずかしそうな彼女だけれど、案外それは悪くない。







(2013/08/08)

天馬の日!ということでほのぼの目指して書いてみた結果がこれでした。酷い