その恋の結末(アスタ)


※流血表現が有ります。回覧注意レベルの酷い終わり方なので、苦手な方はこちら


名前の記憶は消え去った、何度も、何度も。

記憶をなくすごとに名前のアスタへの想いは消え去った。それでもまた愚かな少女は同じ想いを彼に抱かずにはいられなかったのだ。自らの精神を自らの手で追い込み、再び記憶を消してとせがむ。フランはもう限界だった。


「……私は、」


名前をとても大切に思うから、彼女の世界を壊したくない。名前が私に『記憶を消して』と頼む時は、彼女が本当に切羽詰っているのが分かるから断れないのだ。断ったら名前は、どこに行ってしまうんだろう?目の前で大事な友達を失うなんて考えられない。たった一人の、女の子の友達で、私と花は綺麗だと語り合ってくれる名前。

ある時はこれが恋愛感情なのかと思った時もあった。でも、それ以上に名前のことを守りたいという気持ちの方が強いのだ。アスタがサンがそう思うように、私だって三人に幸せになって欲しい。出来ることなら、四人でずっと一緒にいたい。

そのために、私は乞われるがままに彼女の記憶を消すことをせねばならないのだ。


**


何度も、何度も相談を受けることになった。最初は名前の行動の方向性に驚いたが、封じ込めるのが名前の選択ならと敢えて何も言わなかった。僕に相談した事も全て忘れた名前。もう二度と相談を受ける事はないと思っていたら、記憶を失った彼女は再びアスタに想いを寄せたのだ。相談相手はもちろん僕だった。

二度目の相談を受けたときにぎくりとした理由は、記憶を消す前の名前と同じ場所、同じシチュエーションで僕に相談を持ちかけてきたからだった。そして僕たち二人は再び夜、フラウ・ア・ノートリアスを抜け出し星を見に行ったのだ。そして、あの時と一言一句違わぬ言葉を交わした。僕は、誰かに言わされているような感覚を覚えた。


「……僕は、」


何度も何度も、それを繰り返した。いつだって名前の背を後押ししてやることが、僕には出来ない。後押しされるのを怖がっている名前を知っている。介入されることが嫌いなアスタを知っている。名前とアスタが恋仲になったらフランが寂しがるということを知っている。そう考えると友人一人の背中を押すことさえできない。僕の一番は常にフランだから、と自分に言い訳をして何度も繰り返す。

今日は彼女と、星を見に行く日だ。


**


「あっ、なんだか久しぶりだねアスタ。デュプリの調子はどう?」
「………名前?」
「へ、どうしたの?そんな変な顔して」
「いや、お前…………気にするな、なんでもない」
「そう?変なアスタ」


くすくすと笑う名前から目を逸した。ああ、"また"か。
また名前はフランに記憶を消してもらったのか。

もう何度目か分からない。最初こそ名前の記憶が消されたと知るたびフランの元へ走っていたが、もう走る気力すらない。俺には名前の考えている事が何も分からない。
名前の事を好きだったのだが、今はもうどう思っているのかすら自分でも分からない。ただ――憎いとは思う。フランを、サンを苦しめるこいつが憎いと思う。そして未だ、仲間だと思う。仲間だと思っているし、憎いと思うが、名前自身は悪くないのだ。悪いのは、あの時素直に『名前が好きだ』と打ち明けられなかった自分なのだから。


「………なあ、名前」
「どうしたの?アスタ、顔怖いけど」


あっけからんとした態度。最近はもう何も感じなくなっていたはずのその名前の態度に、なぜだかとても苛々が募った。


名前がいなければ、俺達の止まってしまった時間は動きだすのだろうか。


かちゃり、と腰に仕込んだナイフが音を立てた。不思議そうな顔をする名前。ああ、フランはひたすらに俺を責めるだろう。だが、こうしないと俺達は解放されない。やらなければいけない事も全て成せないし、そう!そもそもこいつが全て悪いんだ!勝手な思い込みで、俺の気持ちを踏みにじって―――!ナイフの柄を握り締めた。


「名前」
「……アスタ?」


「――――好きだった」



目を見開いた名前の胸に、突き刺さったナイフと飛び散った鮮血。赤い液体が俺の目に入り、床は少し濡れた。「………あ、す、?」おかしいな、心臓に直接突き刺したと思ったんだが。「一瞬で終わらせられなくて悪いな」自分の声は、ひどく冷たかった。俺の腕に触れた名前の指先は徐々に冷たくなり、固くなっていった。


「好きだったよ、名前」


そう、好き"だった"。今はもう、目の前の死体を片付けることさえ躊躇わない。


その恋の結末


(2013/06/02)