もう一つの結末


※多分きっとハッピーエンド


「あっ、なんだか久しぶりだねアスタ。デュプリの調子はどう?」
「………名前?」
「へ、どうしたの?そんな変な顔して」
「いや、お前…………気にするな、なんでもない」
「そう?変なアスタ」


くすくすと笑う名前を見て、以前は心が浮ついたのに今は沈むばかり。余計なことは言わずにいようと、息を呑みこんだ。定期的に感じていたから、"それ"をフランにしてもらったのだとすぐに分かった。でも、どうしても信じたい気持ちがあったからこそ名前との会話を切り上げ、即座にフランの元へと走った自分。そして俺が来るのを分かっていたとでもいうようなフランに問うたところ、名前が自分に記憶操作を頼んできたとフランは答えた。

―――また、か。


「ねえアスタ、あの子は……」
「フラン、何も言うな」


初めてあいつが記憶を消した時、俺は暗闇に突き落とされるように感じたのを今でも覚えている。苦しそうなフランの顔を見て、俺は名前に詰め寄ったんだっけ。何のことか分からないとひたすらに首を振る名前と、それを引き止めにきたサンとフランの介入により俺は思い人に手を上げることは無かったが、―――信じられなかったのだ。積み重ねてきた記憶を、一瞬で消し去る事を望んだという名前の行動が。


「私の超能力を、誰か消し去ってくれればいいのに」
「消し去るなんて言うなよフラン!………全部、名前が悪い」
「私が名前の言う事を聞かなければ良いだけの話なの!……あの子は、いつになったら、素直に自分の感情を受け入れるの……?」


喉を抑え、声を出さずに嘆くフラン。フランは名前を愛していた。恋愛感情か親愛感情なのか俺には分からないが、フランが名前を必要としているのは知っている。そして、記憶を消してくれと縋る時の名前は精神が限界になっている時だという事をフランは知っているのだ。だから、名前を壊さないためにフランは名前の記憶を消すしかない。

俺は足掻いた。フランの力を知っていたから表面上は諦めていたが、心は諦めきれていなかった。以前以上に名前と言葉を交わし、ボールを蹴った。次第に俺に笑顔を向けてくれるようになった名前はやはり記憶を取り戻さなかったが、以前よりも笑う回数が増えていたから俺は純粋に喜んだ。――それは、つかの間の喜び。

名前は再び自らの記憶を消し去ったのだ。フランは最初こそ戸惑っていたが、名前は必死に懇願したらしい。フランは苦しげにしながらも名前に乞われるがまま名前の記憶を消したのだという。「あんなに苦しそうな名前を、見ていられないの」苛立つ。本当に苛立つ。俺が気持ちを伝える前に白紙の状態に戻る名前に、フランの心を苦しめる名前に、――名前が何を考えているのか、何も分からない自分に。
付き合いは長かったはずだ。なのに何故、こんなことになってしまっているのだろう?

サンは複雑そうだ。サンは名前が記憶を消す前の日、毎回名前と夜になって外へと抜け出している。それも、星の綺麗な夜に。その時に名前と話すことはいつも大体変わらないとサンは言うが、俺がその内容を問うても絶対に答えてはくれない。「……約束したんだ」誰にも言わないと。「予想はつくだろう?」

つかない。分からない。もしかしたらという甘い願望が現実だとするならば辻褄が合うのだが、そこまで夢を見られる現状ではない。第一、名前はいつも俺だけにはその気持ちを、自分を隠していた。だから俺だってあいつに対する隠し事が増えていくんだ。俺は今名前の事をどう思っているのだろう?時折それすら分からなくなっているけれど、俺は名前にもう二度と記憶を消さないで欲しいと思う。また、あいつに笑って欲しいと思う。何も知らない笑顔ではなく、あの微かに頬を染めた名前のはにかむような笑顔を見たいと思う。


「……なんて、今更遅いよな」


抜け出せない無限ループの中から、脱出する術を俺達は持たない。フランが絶対に名前の記憶を消さないと言えば、名前は俺達の前から姿をくらますか自らを自らで殺すかするだろう。名前がいなくなれば、支えをひとつ失ったフランの精神がどうなることか分からない。何より、フランに与えてもらった命を自らの手で終わらせるのは俺とサンが許さない。名前自身だって許さないだろう。

どうすればいい?ボールを抱え、歩いていると思いつめた顔の名前が廊下を歩いているのが見えた。ああ、そういえば記憶を取り戻したばかりのあいつと出会うのはいつもここだっけ。なら、その"いつも"を俺から変えていけば良いんだろうか。

名前の事も、フランの事もサンの事も気にしない。俺は、俺の思うように動いてみようか。今まで素直に打ち明けられなかったずっと奥底に仕舞っていた気持ちを、少しづつこいつに分け与えられるだろうか。まずは、言葉で。


「―――名前」
「…あ、アスタだ。どうしたの?サッカーの練習はもういいの?」


セリフまで最初に記憶を失ったときから変わらない。「ああ、今日はもういいんだ。名前、お前に話がある」紡いだ言葉は、普段のシナリオにはないセリフ。不思議そうに顔を傾ける名前は本当に久しぶりに見るもので、思わず頬が緩んだ。ああ、そうだ。俺はずっとお前に伝えたかったんだ。


「好きだ」



時間よ、動き出せ


(2013/06/02)