怪盗と友人と理由


結論から言うと、僕はあの後逃走に成功した。本来なら喜ぶべきところなのだろうが、まっったくもって嬉しくもなんともない逃走だった。

あの時、一瞬現実から目を背けたのは僕だけじゃなくあいつらも同じ。そして公共の場でそんな漫画のようなことが起これば―――集中する好奇の目線に戸惑っていたのは僕も同じだったけど、場馴れしているせいか窮地に陥ると悟った瞬間に僕はこの状況を利用し逃走する方法を思いついたのだ。

名づけて、『少女漫画の主人公作戦』。

変装の基本、演技力を鍛えてくれた師匠である人にあれほど感謝した日はないだろう。そう、僕は変装が実は一番得意な分野だったりする。あの日のような簡単な変装ではなく、もっと本格的なものだ。怪盗は瞬時に顔を変えなければならない。ターゲットを入手した後、素早く偽りの姿を作り出し警察の目を欺く事が出来なければ僕は即座にお縄だろう。ええと、まあそれは置いておいて……

演技ではない方で顔が赤くなっているのを自覚していたから、それも利用する事にした。口元をおおった片手にもう一方の手も添え、いかにもショックを受けたという姿を演出する。周囲の目線が三人組から僕に移動したのを確認し、僕は目を潤ませた。なんてことない。ひたすらに練習すれば自由に涙を流すことなんて簡単だ。そして、僕は叫んだ。

「きゃあああああああっ!」「っな、」三白眼が目を見開いた。「し、信じられない!もう帰る!」「…は?」「もう二度と話しかけないで!」ぞろぞろと立ち上がりこちらを覗き込んでいたギャラリーの方へ振り向くと、予想通り。僕が通れるだけの通路を開けてくれていた。憐れむような目線に今回は感謝し、いかにも『キスを奪われて傷ついて泣きながら逃げる』少女を演出しながらその通路を全力で駆け抜ける。そんな僕の演技力にあっけに取られていたのか、口元を抑えて動かない三白眼はともかく、三つ編みと銀色の鬼は僕を追いかけようとしたのだ。が、二人を引き止めたのは若い男だった。遠目に振り向くと何やら色恋について諭しているらしい男に三つ編みが顔を引きつった笑顔でぷるぷると震えながら「そこをどいて」と言っているのが微かに聞こえた。あと、鬼の方が何を考えているのかわからない目で僕を見つめていたのが見えた。


と、いうわけで逃げ切った僕。寿命を何年も縮めた気分である。疲れはどっと押し寄せ、溜め息を吐く。「溜め息はやめなよ名前」「カノンみたいに好きなことやってるだけで幸せ感じられるようになりたいよ、僕も」ことん、と目の前に置かれたカップには大好物のココア。金髪のロングヘアのかつらをかきあげココアに口をつけた。ええ、現在は全力変装中です。テーマはお嬢様。くりくりと巻いた金髪ロングと清純派を演出する白いドレス風味のワンピースの組み合わせは、警察から逃げ切れる確率が一番高い衣装である。カノン以外の人間が現れたら即座に声色まで変える準備も万端だ。


「で、次のターゲットは?」
「………それなんだけどさ、めぼしい情報のあった宝物は全部調べたんだ」
「この間で何個目だっけ」
「42かな。もうリストにあったものは全部手にとってみたし、それを持って実家にも帰ってみたけどどれも全然響かないんだ……この間失敗したのを覗いて、なら」


思い描くのは、かつて自分のものだった母の形見。幼い頃に託されたそれは、僕の手には負えないと見知らぬ大人に奪われてしまった。なんでも莫大な遺産の在り処を示すお宝だとその男は狂ったように笑い、僕を踏みつけながら大喜びしていたのを今でも鮮明に覚えている。

後に、その男が名のある金持ちになったという話を聞いた。会社を設立し、宝石類の收集が趣味になるほどに会社は絶好調だったらしい。やがて、その男は死んだ。後を継いだ女は宝石などに興味は無かったようで、男が死ぬまで肌身離さず着用していた宝石も含め、男が收集していた全ての宝石類を会社のためにと全て売り払った。会社は益々成長した。そして、その頃僕はやっと戦う力を身につけたばかりだった。

母の形見を取り返そうと思った。男に言ってやりたいことは多々あったが、もうその男はこの世に存在しない。少し調べると男のものだった宝石類の名前を全て見ることが出来た。後を継いだ女はオークションを行ったらしい。リストアップされていたお宝の名前は一般人でも知っているような高レベルなものばかりだった。ここで発覚したのだが、どうやら母の形見も僕が知らなかっただけで名のあるお宝だったらしい。幼い頃の記憶だけだからどうしても思い出せないけど、でも実物を目の前にすればこれが形見かそうでないかはすぐに理解出来る自信があった。

男が收集していた宝石類は名のあるものばかりだったから、片っ端から当たっていくことに決めた。僕は母の形見だった宝石の名前すら知らなかった事をひたすらに後悔したが、ここでは割愛しよう。まあ盗みを行うには色んな技術を身につけなければならなかったのが少し面倒臭かったかな。おかげでカノンと出会えたのはプラスだろうけど。


「じゃあどうするの?またあのお屋敷に盗みに入るわけ?」
「当然だろ?今度はもっとプランを練らないと。……今度はミスしない」
「ん、じゃあ手伝える事とかある?」
「カノンに?特に無―――いや、ある!」


そうだ!僕に出来ない事をカノンにやってもらえばいい!カノンは僕の目的を全て知っている。心から信頼している友人なのだ。そして、キラード博士にも協力してもらえば……!あの三人組の素性を洗えるかもしれない。素性さえ知ってしまえばこちらのものだ。出会わないように策を練るのみなのだから。


「えっと、人を調べて欲しいんだけど――頼める?」
「名前がオレに頼みごと…!?どうしよう博士!明日氷柱が降るかもしれない!」
「カノン、今夏なんだけど」
「カノン君、今すぐストーブを出してきなさい」
「博士まで僕の事をなんだと思ってるの!?」


思わず手に持っていたコップの持ち手をぎりぎりと握り締めると、「うわああごめん!冗談だから!それお気に入りのカップだから!」とカノンが慌てて叫んだので力を緩めた。絶対お気に入りだからって理由だろうな……僕はこれでも握力が結構ある方である。当然だ。自らの身が危険に陥った時、すぐ傍にあるものに掴まれるように鍛える事は休まない。


「…で、誰を調べるの?」
「この間、僕の盗みを邪魔した三人組。王牙学園の制服を着てた」
「王牙の?」
「一人は銀髪で、額の真ん中に変なしるしが入ってる。一人は、女の子みたいで三つ編みだった。あと一人は……名前が分かってる、ん、だけど!」
「ちょ、落ち着いてって名前!何があったのか知らないけどカップ!カップが!」
「三白眼でっ!髪の毛ぼっさぼさでフェイスペイトで!エスカバって呼ばれてた!」
「…………エスカバ?」


必死になって僕からカップを取り上げようとしたカノンの動きが止まった。不審に思って顔を覗き込むと、カノンの目は泳いでいた。うん、すごく気まずそうに。ふむ、カノンは何か知っている、と。


「聞き覚えがあるのかい?」
「その前に確認したいんだけど、その…銀髪のやつの額に入ってたのってこんなマーク?」


詰め寄ると、カノンはメモにペンで何やら模様を書き始めた。黒のペンで描かれた線が鬼のようなマークを浮かび上がらせる。「そうだけど」と頷くとカノンは思いっきり溜め息を吐いた。


「厄介なのに関わったんだね、名前……」


あー……やっぱり?僕もそう思ったけど考えたくなかったかな!



怪盗と友人と理由

(2013/04/27)

ここからエスカバ単体との絡みが…次更新いつになるんだろう