リセット(アスタ)





「名前がそれで良いのなら構わないけど…後悔しないの?取り返しはつかないのに」
「後悔はしないよ。お願いフラン、私の」


―――アスタへの気持ちを、全部消し去ってください。


**


「………あれ、私の部屋?」


ぶんぶんと頭を振り、見慣れたはずの部屋をぐるりと見渡した。何だろう、この自分の中にある違和感は。それに私、いつ自分の部屋に戻ってベッドに入ったんだっけ?「……なんだろ」記憶がとても曖昧になっている。理由なんていくら自分に問いかけても分からないから、とりあえずベッドからもぞもぞと這い出した。……なんだろう、こんな気持ちで朝を迎えるのは


「久し、ぶり?」


いやおかしい。久しぶり、なんてことはない。ずっとこの部屋で生活を送ってきたんじゃないか。じゃあどうして……「あ…」何か、大事なものを無くしてしまった気がして胸がきりきりと痛んだ。思わずスカートの裾を握りしめて座り込む。何も無くしていないはずなのに、どうしてこんなに心が痛むんだろう?


**


「名前、顔色が悪いけどどうしたの?」
「あ、サン……おはよう」


記憶がぼんやりしていて胸がひどく痛む事を伝えると、サンは少し眉をしかめた。「フランに言った方が良いんじゃないかな」「大丈夫、これぐらいでフランの手を煩わせるなんて」笑顔を作ると、サンは「ならいいけど」と言い、自分の部屋へと歩いていった。今日はデジトニアス二体の調整に一日を費やすつもりらしい。


「あ、そういえばもうご飯の時間だったんだ」


サンが食堂の方から歩いてきたのはそのせいか。私も早く食堂に向かわないと――そう思って歩き出すと、何故だか今度は頭が少し傷んだ。何故だろう、以前は……そうだ、もっと遅く食堂に行っていたんじゃなかったっけ?時間をずらして一人で食べていたような気がする。でもおかしい、そんな記憶は自分の中にはないし、私達はいつも四人で静かに食事をとっていたはずだ。首をかしげながら、私は食堂へ向かった。


**


食堂に行くとフランがいて、「おはよう」と微笑をくれた、私を待っていてくれたようで、並べられた食事に心が踊る。アスタの姿はない。何故だろう、なんとなく安心した自分に首をかしげた。自分自身の感情が自分でも分からないというのは不思議なもので、そんな私を少し悲しげな目で見つめるフランを目が合った。


「……体の調子は大丈夫?」
「?平気だよ、体に異常なんてない」
「記憶は?」
「なんだか、うすらぼんやりしてて……昨日のこととか思い出せない」
「…………そう」


私の目を少しの間見つめたフランは、すっと目を逸した。「……すぐに痛まなくなるわ」「あれ?私フランに痛いなんて言ってないよ?」「隠しても無駄。自分の服の胸のあたりを見てみなさい」言われて自分の服を確認すると、左胸のあたりがシワになっていた。「あと、名前はいつも何かを誤魔化そうとするときに目が泳ぐわ」うそ、知らなかった。でも確かに気まずいときは思わず周囲を見渡そうとしてしまう…かも。


「名前、朝食を食べたら今日は一日中部屋で大人しくしていて」
「えっ?でも私は今日、」
「あなたは昨日、私の……………記憶操作の超能力の実験台になってくれたのよ」
「えええ!?あ…だからこんなに記憶が曖昧なんだ」
「……だから脳内が混乱しているのよ。落ち着くまできちんと休みなさい」
「フランがそう言うのなら……分かった。今日は部屋で一日中大人しくしてる」
「それじゃ、朝ごはんにしましょう」


食べ物はきっと今も昔も変わらないんじゃないだろうか。手を一度合わせて、フランが取り出してくれたキツネ色に焼けたトーストにジャムをたっぷりと塗る。一口かじると優しい甘さが口内に広がった。美味しい、と感じられるそれを幸せに感じて頬を緩めた。―――でもおかしいな、これと同じ種類の幸せじゃないのかもしれないけど―――誰かをずっと見ていただけで、幸せだと感じていた時期が確かに私にもあった気がする。それはいつだろう?――相手は?


「名前?」
「……ううん、何でもない。パンが美味しくて幸せなだけ!」
「そう、良かった」


目を細めるフラン。フランを見ると、なんとなく満たされたような気持ちになった気がした。ああ、きっとさっき感じたのはフランの事だな。――心のどこかで『違う』という声が聞こえた気がしたけど聞こえないふりをした。だって私にはフランが一番なのだ。フランが幸せなら、私も幸せ。他の誰かが私の一番だったなんて有り得ないんだから。


「ねえフラン、アスタは?」
「今日は一日中外でサッカーの練習よ。デュプリのパワーバランスの調整ですって」
「そっか」


ちくり、と胸が傷んだのは一瞬だけ。クリアになってきた思考。やっと混乱がおさまったらしい脳内は、もうアスタの名前を呼んでも聞いても、変な反応を見せることはなかった。


リセット



(2013/05/26)



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