二度ある事は三度ある


「……で、お前の名前は?」
「知らない人に名乗る趣味は無いんだ、僕」
「俺らと同じぐらいの年だろ?何であんな事してンだよ」
「あんな事?なんの事を言ってるのか分からないなあ」
「分かんねえのなら俺に謝れ。土下座しろお前」
「断るこの変態」
「なあ、何で俺が声かけただけで拳構えンの?」


最初からしらばっくれていれば良かったというのに―――僕は現在、軍服の三人に囲まれ引きつり笑いをひたすら浮かべている。一見この普通の会話風景、実は僕の目の前に銀髪の彼を座らせる事によりかなりのプレッシャーを感じる。そして隣には三つ編みの彼。周囲の女の子の目線は多分、僕を男か女か判別出来ないから不審な目線になっているのだろう。それでも人目を忍んでいる身としてはこの三つ編みの彼の隣は多大なプレッシャーだ。何より腕を絡められいるので動けない。服の下に鳥肌がたっていることにどうやら三つ編みの彼は気がついているらしく、口元はにやりと歪んでいる。確信犯なんだろ!?知ってる!あと三白眼の変態フェイスペイントは無視していたが隣である。視界に入れたくない。全力で。


「エスカバの手が君の胸に触れた事を記憶しているというところでネタは上がってるんだけど?」
「ふうん、君はエスバカっていうのか」
「おま……ッ!」


流れで一人分の名前、獲得。名前は重要な情報だ。彼らの弱みさえ握ってしまえば他言は――いや、難しいだろう。口先だけで意思の無い言葉を紡ぎながら、脳はフル回転を続ける。最初からなんの事かとしらばっくれていればこんな事には……いや、まさかナンパされるなんて、しかも初対面でカメラを構えられるなんて思わなかったから!不測の事態だったんだ!とりあえずはここを切り抜けないと始まらない。幸い、カバンの中にはカツラとメイク道具が入っている。トイレに行くと告げて席を立――いや、回りの女の子達にトイレで問い詰められない可能性が無いと言い切れない。何より黒装束じゃなかった普通の服装の僕を見破ったあのエスカバという三白眼が侮れない。それに着替えの服も持っていない。――ここは二階だから飛び降りれない事は無いけれど、目立つ事態はなるべく避けたい。よし、とりあえずタイミングを見計らって逃げよう!


「ねえ、少しお腹が痛いからトイレに行ってきてもいいかな?」
「話を逸らすな。……市民名簿と照らし合わされたいのか?」
「……なんの事?僕は至って普通の一般市民だけれど」


うっわああああバレてる!これ間違いなくバレてる!真正面の銀髪君怖い!市民名簿と照らし合わせるとか普通の中学生のセリフじゃないよ!ああやっぱり確信犯だったんだなこの配置!あの目が鬼に睨まれているみたいに嫌な意味でぞくりとする。


「この後用事があるんだ。人を待たせてるから早く行かなきゃ」
「その用事がどれほど重大なものだろうと、お前は今から俺達と一緒に王牙に来て貰う」
「は、はあ!?何言い出すんだこの三白眼!」
「ヒビキ提督に話は通しておいたから」
「何してるんだよこの三つ編み!」
「三つ編みを侮辱するのか君は!」
「そういう意味じゃない!」


ああもう、最初からこうすれば良かった!侮辱されたと思い込んで立ち上がった三つ編みの彼の手が僕の腕から離れる。あ、と小さく声を上げた鬼のような銀髪の彼を回避するルートはただ一つ。そう、上だ!行儀なんて気にしちゃいられない。ギャラリー?大丈夫、多分なんとかなる!紙のカップを蹴り倒し、テーブルの上に飛び乗った。これでも鍛えているのだからこの程度は当たり前だ。そしてそのまま大きく跳躍。ボックス席のソファーの上を通って階段か窓へ。そしてそこから脱出!――即興で立てたプランを頭にセットし机を蹴る。無茶な気もするけどこの際何も言うまい。とりあえずはと一旦通路に足を下ろした―――その時だった。


「―――ッ、今度は逃がさねえよ!」
「ひっ!?」


いつの間に回り込まれたのだろう、鋭い三白眼に睨まれ思わず体が硬直する。――その隙を見逃されるはずがなかった。伸ばされた手。叩き落とそうと振り上げた足の前に突き出された拳を手袋をした手で受け止められ、手首を思いっきり掴まれた。そしてそのまま引き寄せられる。


――それは、たった一瞬だったのにやけにスローモーションに思えた。


「――――ッ!?」
「っ、っ、――――っ!!!」


がつん!と聞くだけで嫌な音が周囲に大きく、僕の耳には特に強く響くその音。それは歯と歯が衝突する音とついでに頭部の衝突音。


キスなんてロマンチックなものではないその歯と歯の衝突は、僕の初めてだったりしたのである。お互いに混乱して僕は動きが止まり、エスカバと呼ばれた三白眼は口に手を当て真っ赤になっていた。多分照れとかじゃなく痛み。…だと思う。そして僕の顔も同じように痛みと(あとかなりの羞恥)で赤く染まっていた。自由になった手首を口元に宛てがう。口内に血の味が広がった。


事故なのに、事故なのに!胸だけじゃなくキスまで奪われるなんて!



二度ある事は三度ある

(奪われる立場って、こんな気持ちなのか…?)
(いや待て、これは事故だ、事故だ!)

(意識なんてしてないからな!)
(意識なんてしてねえっての!)

(2013/04/27)

着々と建設されるフラグ。歯と歯の衝突って相当痛いらしいですね