毒薬のような笑顔

「苗字さん、おはよう」
「苗字さん、お疲れ様」
「苗字さん、ちゃんと授業聞いてた?」

「苗字さん」


名前を呼ばれるたびに、心臓が壊れそうなぐらいに鳴り響く。笑顔で言葉を返そうとすると言葉に詰まってしまう。喋ろうとすると早口になって、首をかしげられてしまう。
ああ、何でこんなに……何でこんなに、吹雪先輩に名前を呼ばれるだけでこんなに私は、壊れそうになってしまうんだろう?吹雪先輩の顔が綺麗で、笑顔に心を奪われてしまうからだろうか?あの紳士的な態度に惹かれているからだろうか?とりあえず、名前を呼ばれるたびに私は壊れそうになってしまう。笑顔を向けられたその日にはふわふわと体が浮いているみたいで、夜は吹雪先輩の笑顔と声を思い出すだけで眠れない。心臓はまた、壊れそうなぐらいにどくどくと動く。

ああ、死んでしまいそうだ。あの笑顔に殺されてしまう。あの笑顔と、あの声に。名前を呼ぶ先輩の声にはきっと、私にしか効かない毒が含まれているんじゃないだろうか?その毒が言葉に乗って私の耳に届くたびに、私はその毒に侵されていくのだ。そしてきっと、吹雪先輩のあの笑顔と言葉に漬けられてそれなしでは生きていけない体になってしまうのだろう。そしていつか別れが来てしまったら、私の毒に浸された心は死んで消え去ってしまうのだろう。


「苗字さん?ねえ苗字さんってば。……どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「………いえ、何でもないんです。何でも!」
「そう?あ、手が止まってる。ドリンク作らないと雪村達来ちゃうよ?」
「っ、はい!」


手伝おうか、とにこにこ笑う吹雪先輩の手が私の腕に触れて手に触れて指に触れて――ドリンクのボトルをひょい、と奪い取った。ああ、毒が直接触れられた箇所から体内に入り込んで私は毒に侵されていくの。壊れそうな心臓が更に軋む音が聞こえた。このままだと破裂してしまいそうな心臓を必死に抑えて、それから私は………


「せんぱ、い」
「なあに?……苗字、さ……ん?」


ぐらり。視界が揺れた。驚いた吹雪先輩の顔が遠のいて白い光に包まれて、それから真っ黒に塗りつぶされた。ああ、私は毒に侵されて死んでしまうの!



毒薬のような笑顔

(2013/04/24)

恋は猛毒。なんというか、耐性の無い夢主