きみにぼくの体温をあげる
※南雲視点

なんだか唐突に目が覚めて眠れなくなって、水でも飲もうと真っ暗ははずの廊下に出ると、微かに光が漏れていた。
瞳子姉さんも今日は早めに寝ると言っていたから明かりを灯しているのは彼女ではない。じゃあ誰か?俺には一人だけ覚えがある。
なるべく足音を抑えて部屋の前まで足を進める。ゆっくりと扉を開けると予想は大当たり。


「まーたフラれたのか」
「………………」


―――見慣れたリビングルーム。そのテーブルに突っ伏していた名前にそう呼びかけた。ぴくり、と反応した指の近くにはいくつかの炭酸飲料の缶。酒替わりだろうか。
ヤケ飲みのお供におつまみ類までいくつか並んでいる。現在の時刻は深夜二時。カロリーの心配なんてしてやらねえぞ、俺は。
確かこいつが帰ってきたのは夕方。それから夕飯も食べずに部屋に篭ったかと思えば深夜に起きてきてヤケ飲み。
結論に到達するのは容易なこと。告白する、なんて意気込んで出かけて帰ってきたらこれなのだ。


「……起きてんだろ、おい」
「……………空気読め晴矢のバカ」
「バカはお前だろうが。ダイエット〜とか言ってた癖によ」
「………もういいよ、終わっちゃったし」
「…そうかよ」


深夜だからだろうか。ヤケ飲みをした名前でも流石に大声を出すような事はしないらしい。
ゆっくりと顔を上げた名前の横を通ってテーブルの向かい側に座り込む。目の前にあったスルメを摘む。


「ほら、話ぐらいなら聞いてやっから」
「……………」
「なんつってフラれたんだ?また胸か?」
「………顔が、釣り合わないって」
「…………そりゃまたえげつねえな」


確かこいつが好きだ惚れただ騒いでた男はモデルやってたとか言ってたっけ。……それにしても酷い断り方だな。
だからこんなに落ち込んでんのか。大量に炭酸飲料をコンビニで買ってくるぐらいに。
もう何度目かは分からないけれども名前がこんな風に落ち込むのは久しぶりだ。

―――どうしてこいつは、男を見る目が無いんだろうな?


「―――……って、思ってるんでしょ?」
「よく分かったな」
「……あーあ、何で私あんなヤツが好きだったんだろ。ただのナルシじゃん」
「気がつくのが遅ぇよ」
「………うん」


寂しそうに、悲しそうに目を細める名前。男を見る目はともかく、こいつはいつでも真っ直ぐだ。
一直線に、ひたむきに走って――……玉砕。それを何度、こうして話を聞いてやっただろう。
ただの幼馴染だからとこいつは思ってる。―――違うだろ、お前だけだよ


「………聞いてくれて、ありが……とう」
「別に……っておい、ここで寝るなよ?寝るならこれを片付けて部屋に行け」


どうやら多少気持ちが楽になったらしい。名前の声が掠れていく。こいつここで寝る気か!冗談じゃない。大量の缶の片付けなんて俺はやりたくないから名前の肩をテーブル越しに掴んで揺らす。
既に閉じられていた目をうっすらと開けた名前は少し不機嫌そう。


「…………ほっといてくれていいよ」
「風邪引くだろうし、朝起きてお前見たらみんながビビるだろ」
「………ふあ」
「おい、起きろって……!欠伸してんじゃねえよ……!」


ばしばし、と気持ち軽めに肩を叩く。数秒後、かくりと落ちた肩と顔。―――こいつガチ寝しやがった!
再び肩を揺らそうとして―――止める。ついでに自分が羽織っていた上着を肩にかけてやる。
テーブルの上の残骸を手元に引き寄せ、床に放置されていたビニール袋にまとめる。……結局、結局こうしてしまうのだ。
これからもこいつは突っ走り、そして玉砕するのだろう。自分が親から与えられなかった愛を求めて、これからも。
テーブルの上に放り出された名前の手に自分の手を伸ばした。触れた指先は冷え切って氷のよう。


「……お前はいつ、俺の気持ちに気がつくんだろうな」


―――いや、気がついてくれなくてもいい。
とりあえず今は自分の体温を、お前に分け与えるだけが今俺に出来る事。




きみにぼくの体温をあげる

(冷たくなったら、また温めてやるから)


(2013/03/12)