怪盗少女の失態
※エスカバ視点

近頃世間を騒がせている謎の怪盗から犯行予告が届いたらしい。
その身体能力を買われた俺達三人(つまりバダップとミストレと俺)は美術館の特別警備を担当することになった。
目の前のショーケースに飾ってあるきらりと光った青い宝石は、厳重な警備とハイテク技術にモノを言わせた最新設備に守られている。
盗み出せるわけないだろう、と鼻で笑うミストレ。それには俺も同意。


「じゃあどうして、俺達が呼ばれたのだろうな」
「……まあ、それはオレも気になるけど」


訝しげなバダップは納得出来ないらしい。しかしそこは俺も気になるところではある。
俺達三人は何故呼ばれたのか?たかだか泥棒一匹、数百人の警備に設備が整っているというのに。
聞いてみたいが生憎俺達を呼びつけた本人であるヒビキ提督はここにはいない。


「ま、引き受けたからには絶対に守り抜かなきゃな」
「当然だ」
「エスカバの癖に偉そうに仕切ってんじゃねー」


ぱし、とミストレに頭を叩かれる。犯行予告の時間まで、後30分。


**


予告された時間まで、後数十秒。
空気がピリピリと張り詰めているのが分かる。バダップはもちろん、ミストレさえも一言も喋らない。
俺もしっかり気を張り詰めて、時計の針を見つめていた。
かち、かち、……動く針が、12に近づく度にどくどくと心臓が鳴り響く。
バダップは目を閉じ、ミストレはゆっくりと窓に近寄った。

――――――かちん。針が12に重なった瞬間。


『侵入者確認、侵入者確認、発見次第拘束ヲ要求スル』
「来たか!」
「ミストレ、エスカバ、―――守るぞ」
「「ああ!」」


予告時間ぴったりに鳴り響いた警報。バダップとミストレと背を合わせ、青い宝玉を取り囲む。
どこからか何かの割れる音と壊れる音、集団でばたばたと走り回る音が聞こえる。
誰が来たのかは知らないが、強固なバリケードを力ずくで突破しているらしい。
数秒後。……どかん、と音が響いて俺達が居る部屋のドアが開けられた。


「――――へえ、ここだけ警備薄いね」


にこり。
全身を黒い衣装に包んで現れ、優美に微笑んだのは紛れもなく自分たちと同世代の、多分恐らく少年だった。
服と同じ真っ黒な仮面は目元だけを隠しており、不気味さを演出するのに一役買っていた。
その足元には―――サッカーボール。


「そこのお宝は頂いてくよ!」


宣言するなり蹴り込まれたボール。かなりの威力を伴って俺達の元へ飛んでくるそれ。
この一瞬で、俺達はヒビキ提督が俺達を配置した理由を三人揃って同時に飲み込んだ。
最初に行動したのはバダップ、流石はオーガのリーダーで、難なくトラップ。
続いて俺とミストレが走り込む。少年が息を飲むのが見えた。


「「「デスブレイク!」」」
「―――ッ」


寸分の狂いも無く放たれた必殺技に、俺達が普通の警備兵ではないと相手も悟ったのだろう。
ぎりぎりデスブレイクを回避した彼は衝撃波で軽く吹き飛ばされ、部屋の内部に転がり込んだ。
ボールは廊下に飛び出していったため、彼はもう攻撃の手段を持たない。


「大人しく捕ま―――」
「やーだね!」


今度はいたずらっぽく笑って、懐から何かを取り出し床に叩きつける少年。
しまった、と思った時にはもう遅い。


「煙幕か!……チッ」
「ミストレ、エスカバ、戻れるな?」
「ああ!」


逃す事より宝を守る方を先決しろと告げられていたので、感覚のみを頼りにショーケースへ戻る。足音は聞こえない。部屋から出たのか?煙幕が晴れるのを待たなくては次の行動に移れない。
耳を鋭く研ぎ澄ます。――――コト、と小さく目の前で響いた音を聞き逃さない。


「そこか!」
「な゛っ―――!?」


決死の思いでジャンプ。人らしい体を確保して押し倒す。
ばたばたと暴れる四肢を抑えていると、ふにゃ、とした感覚に触れるのが分かった。
そしてぴたりと動かなくなる体。抵抗しなくなった?と思っているあいだに晴れていく煙幕。

―――そこで見たのは、俺の下で真っ赤な顔を晒している女の子


「…………女?」
「な、な、なっ………!」


思わず呟いた言葉は口から漏れていたらしい。そして彼女は絶句している。
恐る恐る自分の目を下に向けると、彼女の胸(小さいが確かに存在する膨らみ)を自らの手が押しつぶしているのが見えた。
え?でも男だろ?違う?――――つまり彼は彼女で、俺は、


「――――エスカバの変態」


静かになった部屋で、ミストレが呟いた言葉がやけに大きく響いた気がした。




怪盗少女の失態

(――○月×日)
(今日の盗みは失敗。逃げてくるので精一杯だった)
(今回は僕のミスじゃなかったと思う)
(まさか胸揉まれるなんて思ってなかったし、ああもういいや!)

(……でも、ちょっとかっこよかったな、あの人)
(って何書いてるの僕!?)

(どうしたんだエスカバ、その赤い跡)
(……聞いてやるなサンダユウ)
(うるせえ!事故だよ事故!第一向こうは泥棒だろーが!)
(その前に女子だよね?)
(黙れミストレ!)

(でもちょっと可愛くなかった?)
(……柔らかかった)
(せんせーい、エスカ君が変態発言しましたー)
(もう黙れよお前!つーか俺も何言ってんだよ!?)


(2013/02/24)