きっかけなんて些細なもの


色恋には疎い。第一に興味なんて湧かなかった。だから「○○が○○と付き合ってる」なんて友人たちが騒いでいても別に何とも思わなかった。むしろ何がそんなに楽しいんだろ、恋愛なんて、っていうレベル。

―――まあ、だからいわゆる『初めて』でして。


「苗字が好きだ」
「………なん、だと?」
「お前それ告白された時の女子の反応じゃないぞ」
「告白?え、ごめんよく聞こえなかったんだけど総介私に告白したの?」
「殴ってやろうか」
「ごめんなさいちゃんと聞きました」


拳を固めた目の前の友人を即座の謝罪と手でなだめる。頭の中は言われた言葉を必死に理解しようとフル回転していた。私は断然『男女間の友情は成立する』と信じているタイプで、別段色気なんてない。可愛らしいわけでもない。
だからこそファンの多いサッカー部のマネージャーでも女子にやっかまれない。学校生活の中の予定に恋愛は一切含まれていなくて、男子を友達以上に考えた事などない。


「……ねえ総介、私が好きとか本気で言ってるの?」
「冗談で俺がこんな事言うとでも思ってんのか」
「思ってない」


目の前の荒っぽい友人の顔を見ると、完全に呆れ顔で少し心苦しくなる。多分普通の女子の考えとはまったく異なった私の考えを彼は知っているのだろうか。
だってこうやって想いを伝えられた今でさえ、私は総介を友達としか見れていない。
けれども純粋な驚きはある。そうか、総介は私が―――趣味悪いな!


「お前にだけは言われたくねえ!」
「え、あー…聞こえてた?」


目を逸らしてももう遅い。つかつかと歩み寄ってきた総介に肩を掴まれる。


「なあ、何でお前そんなに動揺とかこう、しねえの!?」


がくがくと私の肩を揺らしながら、ほんのり頬を染める総介はなかなかに可愛らしい


「動揺とかして欲しいのか総介は!何、私が真っ赤になったりするのが見たかったの!?」
「見たかったよ普通に!つーか良い方の返事期待してたっての!」
「うわあぶっちゃけやがった!でもごめん私考えらんない!」
「お前今サラっと断った!?何で!?理由を10文字以内で答えろ!」
「10文字限定なの!?え、えーと、『恋愛に興味ないから』!」
「文字数オーバーしてんじゃねえか!」
「男なら細かい事は気にすんな!」


って何このやり取り。一応今は放課後で、夕日が教室内を照らしてる。
まったくオーソドックスなシチュエーションで愛の告白を伝えてきた総介と、私は何をしているんだろうか。
……そろそろ帰ろうよ、いつもみたいに――――そう告げようとして、口を開く


「――――総介」
「俺は、お前の……お前さ、女子でも男子でも、相手に対する態度、変えないだろ」
「……何、いきなり」
「黙って聞いてろ」


言葉は途切れ途切れで、頬を再びうっすら染めながら総介はその手で私の口を塞いだ。その黒い目はいつになく真剣だったから―――思わず見入ってしまう。


「俺の事が好きだとか言ってくる女はみんな媚びてる感じがしたけど、お前は違った」


普通に最初から接してくれてたのが、新鮮で嬉しかったとか、それは単なるきっかけだけだったと。喋るにつれて顔から赤みが消えていく。余裕が出てきたのだろうか、総介は笑う


「―――だから、その場の考えで断んないでくれよ」


これでもすっげえ、勇気振り絞ったんだからなと。
――――少し悲しそうな顔で優しく微笑んだのだ。あの総介が


でも私は総介のこと特別に思ってなんか―――と、普段なら言えたのだろうか。けれどその黒い、普段は見せない優しい目に吸い込まれるような感じがして。


「…………っ」


どくん、と心臓が高鳴った。どく、どくん、……どくどく、と連続する音。顔に集中する熱。息が苦しい。体中が痺れるような感覚と、体中が冴え渡る感覚。
何これ、こんなの知らない、私は病気になっちゃったんだろうか
くらりと目の前が歪んで―――体の力が抜ける。


「―――名前?」
「そ、総介が、変な事言うから……おかしくなりそうじゃんか……っ!」


ぺたり、床に膝をつけて体を腕で抱きしめた。どうしよう、おかしい、私変だ。今や顔だけじゃなく体中が熱を帯びて赤く染まっている気がしてならない。
普段なら睨む事すら簡単な総介の顔を見る事が出来なくて、強く目を瞑った。


にやり。滝総介は彼女を見て"気がついた"
どくん。苗字名前は、この状況を突破する術など持たない


彼女が信じられない甘い衝撃に意識を手放してしまうまで、あと一秒――――………




きっかけなんて些細なもの

(堕とされたの、その笑顔に)


(2013/02/23)