さよなら恋心
※霧野目線

ああ、そうだよ。俺が我慢をすればいいだけ。そうだろう?だって、それで全てが上手く噛み合うのだ。上手く噛み合って、みんな幸せになれるのだ。


「蘭丸ーっ!一緒に帰ろうよ!」
「……悪いな名前、今日は、ちょっと」
「今日も?最近本当忙しいね」
「ん、まぁな」


嘘を吐く事にも慣れてしまった。困ったように眉根を寄せて、寂しそうに笑う名前。ずきりと心が傷んだ。本当は名前と共に他愛のない話をしながら帰宅路を歩きたい。

―――彼女は俺の、もうひとりの『大事な親友』。

俺自身は勿論友情以上の感情を名前に抱いている。だから一緒に帰ろうと言われて嬉しくないはずもないのだ。ゆっくりと唇を噛み締める。……ここ最近、この瞬間が一番苦しい


「そうだ神童、名前と一緒に帰ってやってくれよ」
「――ッ!あ、ああ!俺で、いいなら……」
「本当?じゃあ一緒に帰ろっか、神童君!」


自分に向けられるはずだった笑顔。それを受けて微笑む神童。笑い合いながら教室を出ていく二人を見て、――辛くないわけがない。
いいのか、と問いかけてきた倉間にいいんだ、と返す。いいはずなんてないのに


**



『俺、苗字の事が好きだったんだ。――霧野、苗字と仲良いだろ?』
『……協力して、くれないか』


一週間前、親友が打ち明けてきた事実に驚きで言葉も出なくなった感覚はまだ喉に残ってる。顔を真っ赤に染めて、名前の事を好きだと言った神童に―――NOだなんて、誰が言えるだろう。それに俺より神童の方が名前を幸せに出来そうだ、なんて。
自分を偽る事に決めた。きっと名前だって、俺より神童の方が良いに決まってる。


「馬鹿だよなあ」


誰もいない教室に、自分から発せられた自分自身を蔑む声が響く。夕日が俺の影を名前の机に照らし出した。
無意識に机に近寄って、そっと手を触れる。――ひんやりとした冷たい感触

―――俺がもし名前に想いを伝えてそれが叶えば、神童が不幸になる

ライバル?同じ女を好きになった敵?違う、神童だって俺の大事な親友だ
名前だって俺は本気で好きだし、――幸せになって欲しいんだよ、あいつに
なら我慢するのは俺だ。……大事なヤツを両方失いたくないんだよ
例え自分が、想いを押し殺す事になってもそれでいい。


「名前、――――お前が、好きだった」


今日でこの恋心とはお別れだ。……神童は、今頃河川敷で想いを伝えているんだろう。
明日この教室で、二人を笑顔で祝福出来るように。


「バイバイ、………苗字」


名前で呼べなくなる悲しみに、頬を涙が伝う。今だけは、泣いてもいいはずだ




さよなら恋心

(涙が一粒、名前の机に落ちる)
(ポケットの携帯が鳴り響く)
(涙をぬぐい、声を抑えて電話に出る)

(―――もしもし、神童?)

(2013/01/21)