あなたにいちばん似合う花
・天界魔界勢がそこそこ仲良し。捏造だらけ


「はあ?」
「……予想通りの反応ありがとう」


別にそんなの知ってたけど、と白い羽根を揺らした名前が目を伏せて微かに肩を震わせた。魔界でも天界でもなく、その狭間へ呼び出していつものように俺達の動きを牽制するのかと思いきや、そうではなかった、らしい。セインの隣に立っているときは表情一つ変えずにあの野郎に従っているくせに…。呟くと名前は不服だと言わんばかりに目を細めた。形の良い唇が、ゆるやかに開き、言葉を紡ぐ。


「そんなに、おかしい?」
「…おかしいっつーか、予想もしてねえっつーか」
「天使だの天空の使徒だの言う前に、私だって一人の女の子だから」
「ますますわっかんねえなァ…俺?俺を?」
「確認しないでよ」
「趣味悪くね」
「本人にだけは絶対言われたくなかった」


名前の表情が少しだけ、穏やかなものへと変わったのを見て息を吐き出したのは何故だったか。確かに趣味は悪いかもね、と目を細めて名前は笑う。「でもね、デスタ。あなただって一生懸命なのは変わらないし、あなたの困ったら冗談言っちゃうところとか…天使とか悪魔とか関係なしに、強さを求めることに貪欲なところとか。案外、努力を欠かさないところとか。キャプテンとして仲間を引っ張っていかなきゃって頑張ってるところとか…」言葉を区切り、名前が静かに息を吸い込む音が聞こえた。――また、言うのか。


「そういうところが、すごく好きになってたの」




**


「おい貴様」
「……うわ、めんどくせえ」


名前から告白された数日後、市街地でばったりと鉢合わせたのはセインだった。お互い私服、お互い買い物の途中であろうに目が合った瞬間普段の数割増しの目力でこちらを睨んできたセインから、…まあプライド上逃げるわけにもいかず。足を止めて渋々向き合う。「名前を振ったらしいな、貴様」「いや振ってねえよ…」返事してねえだけだっつうのに、何を曲解してガンつけてきてんだ手前は…


「名前の男の趣味は最悪だと思うが、」
「喧嘩売ってんだろ」
「…それでも名前は貴様を選んだ」
「あー、そういやお前昔から名前のこと相当好きだったよなァ」
「……………」
「おい、流石にこんだけ人の目があるとこでそれはやめとけ」
「………チッ」


今にも睨み殺すと言わんばかりの勢いでこちらを睨むセインに、なんで俺がストッパーにならなきゃなんねえんだと心の中でだけひとりごちた。「…いいか、貴様」「なんだよ」「名前を泣かせてみろ。…魔王と共に封印してやる」うわ、おっかねえなこの三つ編み天使野郎。しかも今のこいつなら、やろうと思えばやれるのか…まあそうそう簡単にやられるつもりはねえけど。こっちだってあれから鍛えてんだ。


「とにかく、お前だって分かるだろ」
「悪魔の低俗な思考など理解し難い」
「それだよ。お前も名前も天使、俺は悪魔だ」
「…何が言いたい?」
「名前が俺を選んで、堕天していいのか」


問いかけに、セインは暫し無言だった。ま、そりゃあ良いはずねえよなあとは思う。――天使と悪魔は、基本的に相容れない。天使は定めを守り、悪魔は定めを壊すために動く。何千年も代替わりをしながら、魔王の存在を中心にその戦いは続いている。

天使は悪魔に肩入れした瞬間、純粋な存在である象徴、翼の白を失うだろう。黒く染まった羽を持ち、聖域に入ることは許されない。…受け入れられなければ、魔界に入ることすら許されない。(諍いは多かれど、天使だろうが悪魔だろうがこの小さな島で育ったのだからほとんど全員顔馴染みで、おそらく受け入れられるであろうことは別問題としてだ。)つまりこれは俺がその場で決断を下して良いことではないと判断しての先送りだった。…いや別に?名前が?いきなり俺を好きだとか言い出すから混乱したわけではなく!


「良いか悪いかで、良いと言うとでも思ったのか」
「思ってねえよ」
「では何故問うた」
「…知らねえ」
「貴様らしくない。欲しいのなら、欲しいと言えば良いだろう」
「………」
「私達の代での戦いは終わった。次の千年祭の時、その世代の天使たちが貴様ら悪魔を滅ぼすだろう。千年だぞ、デスタ。…私達の代でこれから先、私達自身が天使と悪魔ではなく、人間として生きていける時間は千年のうちの一瞬に過ぎない」
「珍しく喋るなァ。…何が言いたい」
「名前にも言われたのだろう。我々も天使と悪魔である前に、男であり女だ」


貴様の好きにすればいい、と小さく呟きを残してセインは素早く背を向ける。「名前が決めたことならば、我々は納得が行かずとも…時間を掛けて受け入れるだろう。大切な仲間であることに変わりはない。趣味は相当」「悪ィだろうけどな」「…次に会った時が、私はとても楽しみだ」言い残して、歩き出したセインの背中に純白の翼が見えた気がした。あー、そういや、名前には白が似合うってよく言ってたなあの野郎。


「絶対、黒だろうがよ」


結局どこまでも、天使と悪魔は相容れないのだ。名前に白かよ、と毎回げんなりしていたのを思い出す。髪色にも、肌の色にも、目の色にも。名前には黒が似合う。…多分、恐らく。似合うようになりたいと名前がそう望むのなら、俺が与えてやりゃいいんだよな。…与えられるように、なっていいんだよな。そう、励まされたんだよ、な?


あなたにいちばん似合う花




(2015/12/09)
Title by 喘息

丸一年前に書きかけてたのを拾い上げてなんとかかんとか…以下おまけです



「よォ」
「…用件は?」
「こないだの返事」
「………決めたんだ」
「ああ、まァな」

「まず、天使のくせによく俺を好きになったな」
「だから天使とか悪魔とか関係なく、私はデスタを昔から…」
「知ってたけどな」
「………」
「お前の気持ちはなんとなく知ってたけどなァ、まさか本当に言ってくると思わなかったんだよな」
「……それで、"予想もしてなかった"?」
「おう」
「な、なにそれ……じゃあ一応、女の子としては見れる、んだ」


悩んでたのがばかみたい、と言って小さく笑った名前の翼が、微かに灰色になっていることに気が付いた。中途半端だなァ、それは。どっちつかずってのは、流石の俺にもどうしようもできねェからな。名前が望んだことだ。――俺が、望んだことだ。


「帰りたくなっても帰れねえぞ、いいのか」
「いいよ。天使も悪魔もないところなら、みんな私の気持ちを知ってる」
「…あー、そうだな…ったく台無しにするようなこと言うかよお前」


ほら、と腕を伸ばしてやると戸惑った表情の名前が、おそるおそるといった風に腕のなかに体を預けてきた。名前の体に腕を絡めた瞬間、臼灰色に浸食されていた純白が、夜闇の色と溶け合ってゆき、やがて漆黒に染め上げられていく。


「…あ、はは、なんでだろ…大事なもの、無くなったはずなのに…すっごい、幸せ……」
「意識朦朧としてんだろ。とにかく帰るぞ、風邪引いちまう」
「……うん。デスタ、あのね、」
「ずっとお前が欲しかった。……欲しかったのは、事実だ」
「…そっか」


心底嬉しそうに、心から幸せそうに笑う名前には黒がよく似合う。…白も悪くなかったとは、名前にだけ言ってやることにする。