願う言葉に嘘はなくとも


「……うわ、悲惨」
「ほっとけ」


真っ赤な手跡を頬に、不動が部室に顔を出したのはもう部活の時間が始まってすぐのことだった。不機嫌そうな様子に大体のことを察して、腕を伸ばすと彷彿線を描いて鞄が腕の中に飛び込んできた。ぼんやりと思い返すのはお昼休みに、教室の隅で泣いていたクラスメイトのこと。もう耐えられない、と嗚咽混じりに友人に吐き出していた彼女はついこの間不動の彼女になったばかりだったっけ。今回はそこそこ早かったのかな。

放り出された鞄をキャッチして、ロッカーの上にそっと置いてやる。ぶつぶつと何か呟きながら着替えを始めた不動の方を、振り向かないように配慮しながら聞こえないように溜息を吐いた。手元のメモにはついさっき終わったミニゲームの記録。日誌に移すまでもないけれど、不動がいないとやっぱり鬼道のチームが勝ってしまうんだなあと思わせられるミニゲームだった。系統は違えど、司令塔の存在はやっぱりチームに欠かせないんだろう。当の本人はゲームの時間…女の子と揉めていたみたいだけど。


「アイスノンあるよ。冷やす?」
「いらねえ」
「でも真っ赤で痛々しいから目立つし、私が気になる」
「気にしなきゃいいだろうがよ、苗字チャンには関係ないし?」
「鬼道にも佐久間にも悲惨だって言われると思うけど」
「別に」
「……ならいいや」


小さく息を吸い込んで、かちかちとボールペンを鳴らしてやった。会話終了の合図と、同時に訪れたのは少しだけ気まずい沈黙。けれど数十秒もしないうちに不動は着替え終わってしまったようで、ロッカーの扉がぱたん、と閉まる音がした。次いで足音が近くにやってくる。すぐに遠ざかっていくそれを引き止める勇気はないけれど、後ろ髪を引かれる感覚はあるのだ。「…ねえ」静かな空間に声が通ると、足音はやっぱり止まってくれる。


「あのさ、不動」
「……」
「大事に出来ないんなら、そう言ってあげなよ。…痛い思いしないで済むと思う」
「関係ないだろ」


冷たい声でばっさりと切られてしまったら、もう何も言えなくなってしまった。小さな電子音と共に、不動が部屋から出ていく気配。閉じた扉の音を聞いてようやく顔を上げた私は、多分すごく情けない顔をしているんだろう。未練がましく扉を見ているのだってそうだ。扉の向こうが透けて、不動の表情が見えるわけでもないのに。

痛そうだ、と何度思ったんだろう。不動が恋人と別れた噂が流れるのは明日以降になるのかな。案外人気もあるし、狙っている子も多いからきっとまたすぐに恋人が出来るんだろう。……今度こそ、選り取りみどりだねって言ってやろうか。やっぱり嫌われてしまうかな。それもいいのかもしれない。諦める踏ん切りになるかと思えば、それもいい考えだと思うことが出来そうだ。対象外だもんね、私だけ。

私が好きだって言い出せないようにしたのは不動だ。全部、不動のせいだ。そのくせ私には負った傷を隠そうともしない。絆された私が悪いのかな。私だったらあんな風に不動を傷つけないのに。きちんと分かりにくい愛情表現を理解しようと努力するのに。…そんなことばかり考え始めてから、不動と友達だった時の感覚を思い出せないでいる。


「……次は、ちゃんと……理解のある子が来てくれるといいね」



願う言葉に嘘はなくとも



(2015/01/02)

ストックこれしか残ってませんでした。明けましておめでとうございます。