怪盗とリベンジマッチ


カノンから三人について聞き出して、頭を抱えて眠れなくなったのが昨日の夜。
リベンジを兼ねて作戦を練り、再挑戦の予告状を出してきたのが今日の朝。


「……やっぱり、あれが一番気になる!」


シルクハットを磨きながら、この間の青い宝石を思い返した。深い、深い海の色。母さんの瞳と、よく似たあの宝石をこの手に取りたい。もし、それが形見であれば…普通の生活に戻ることだって出来る。ああ、早く手に取りたい!欲求は募ってゆくばかりだ。大丈夫、同じ失敗をしなければ良いだけのこと。セキュリティを突破することは出来る。容易くはないけれども、問題はない。――もう一度、もう一度だけ。

気になるのは、やはり王牙の三人だった。特にあの銀色…カノン曰くバダップ・スリードは聞くところによると王牙でもトップの実力の持ち主で、エリート中のエリート。恐ろしい実力を持っているんだとか。三つ編みの女顔はミストレーネ・カルス。こちらもエリートで、バダップに次いでトップクラスの実力持ち、らしい。エスカバ、と呼ばれたあのムカつくやつのことは耳を塞いで聞かなかったことにした。あいつだけは問答無用でねじ伏せればいいと僕は思う。

でも信じられないのはカノンが、三人と面識を持っていてそこそこ、仲が良いという事実だった。言いづらいんだけど、と照れくさそうにカノンが切り出したのは今日、カノン達のチームと王牙のチームが練習試合を行うという、なんとも穏やかな内容だった。流石にカノンは見に来たら、とは言わなかったし私も見に行くつもりはないけれど、彼らは練習試合のあとに美術館の警護にまで回るのだろうか。…回りそうだ。


「どーやって出し抜いてやろう、かなあ」


三対一では確実に不利、一対一でも不安が残る。僕が冷静さを失いさえしなければ、奴らが冷静さを欠けば、そこで勝敗は決まるだろう。そこらの警察機関よりも恐ろしい力を秘めた三人が今頃カノンとサッカーで汗を流しているのかと思えば不思議な気持ちになるけれど、彼らも、僕もまだ中学生なのだとふと思い出した。……きっと彼らは僕にとって、眩しい生活をしているカノンよりももっと良い暮らしの中、最高級の教育を受けているんだろう。別に羨ましいわけじゃないけど……いや、羨ましいのか。こんな屋根だけのボロ小屋を借りて、食べて寝て盗みを働く泥棒に羨ましがる権利があるのかも知らないけど。


**


「あれ、バダップ達もう帰るの?まだ時間あるのに…もう少し一緒に練習してかない?」
「悪いな、カノン。今夜は予定が入ったんだ」
「予定?またヒビキ提督になにかさせられてるの」
「そういうわけじゃないんだけど……提督の友達に美術館経営してる人が居てね」
「ミストレ、余計なことを言うな。カノンにこれ以上迷惑は掛けられない」
「大したことじゃないし大丈夫でしょ。ほら、お前だって知ってるだろ?この間俺達が捕まえそこねた怪盗の話。ニュースに出てた」
「ああ、名前…」
「名前?」
「え!?あ、ああ、うん。俺の友達。名前って言うんだけど、すごく楽しそうにその話してた」
「女の子?なんだ、カノンも隅に置けないじゃん」
「うるさい!……で?」


楽しそうにカノンをからかうミストレの横で、バダップが簡単に今朝、同じ犯行予告が同じ美術館に届いたことを小さい声で打ち明けていた。目を見開いたカノンの唇が、小さく動いたのにはバダップも気がつかなかったかもしれない。あいつ、と動いたように見えた。錯覚…の可能性は大いにある。ピリピリしているせいで過敏になっているのかもしれない。

あのハンバーガーショップでの遭遇のあと、思いつく限りの手を打って探しはしたものの網に獲物がかかることは無かった。誰かに隠されているとしか思えないぐらいに情報がないのだ。バダップは何か仕掛けるつもりらしいが、俺にはあまりよく分からない。

短く刈り込まれた髪の毛を思い出す。赤く染まった表情は年相応のそれだった。指は長く、素の表情は中性的かもしれないけれども確かに女子のそれと同じ。ぼんやりと姿を思い返しながら思うことは、髪の毛は短いより長い方が似合いそうだ、なんて呑気なものだった。だってあの髪の長さは俺とさほど変わらない。せめてミストレぐらい伸ばせばいい。そうすれば男と勘違いすることなんて無かっただろうに。勿体ない。


「ちょっとエスカバ!何ぼーっとしてんだよ」
「…あ、ああ。もう行くのか?」
「バダップの"とっておき"は仕掛けるのに時間がいるんだってさ。ほら行くぞ」
「そうだなー……とっておき、か」
「どうしたの、気乗りしないみたいな顔して」
「いや、別に。…じゃあな、カノン。また来週にでも」
「……――うん、また来週!」




怪盗とリベンジマッチ

(2014/10/27)

次で終わりたいぐらいの気持ちですが続きを書けるのか不安です…リクエストありがとうございました!ここまで書いたら終わらせたい、という気持ちが強くなってきたので、完走目指して気張りたいと思います!