彼はこんらん している ようだ !


・●月◎日
新しい日々が始まった。らしくはないが、記録を付けてみようと思う。イシガシがこまめに日々の記録を取っているのを見て、たまにはいいだろうと思っただけだ。
ララヤ王女は飾りの姫だと思っていたが、なかなかに頑張っている、と思う。ああでもないこうでもない、とミネルを傍に幼い王女は書類と睨み合せをしているよりは、現地に赴いて貧困街の住民から直接要望を貰い、それを実現させるために考える方が得意らしい。

そういえばララヤから、補佐に使え、と名前なる従者を派遣された。なかなか優秀とのことだが、如何せん反抗的で困る。ミネルの事を好いているらしく、ララヤに紹介されているあいだもずっとララヤの傍のミネルを見ていた。少し顔を動かして、私の顔を見た後眉を潜めたのが印象深い。適当にミネルと重なるであろう仕事をやらせておけばいいだろうと考えている。私はあまりミネルには好かれていないようだから、名前に任せれば私は面倒な仕事を片付けられる。一石二鳥だ。


・●月▽日
前回から少し日が開いた。ララヤは相変わらず書類整理が苦手らしい。役割分担じゃ!と元の大臣やら部下やらそっちのけで私に様々な書類を流してくるようになった。本人は貧困街に出向き、そっちで四苦八苦したいらしい。街に降りるというララヤから誘われたので(ミネルに睨まれていたが)街に降りたが彼女の仕事ぶりはなかなかだった、と思う。最初の頃に比べて、民の前で王の表情を覗かせ始めた。数週間といえど、仕事の密度が高かったからか。それでも笑顔を絶やさないのは、私には出来ない分認めるしかないだろう。実際、やり甲斐があるように見えるため、私も書類整理に必死だ。
イシガシに手伝って貰ってはいるが、この国のことをもう少し知らねば効率的に仕事は回らないだろう。(…天馬達の影響は大きいと書いていて実感する。この国のためを考え始めている…良い事なのだろうか)

やはりまだ周囲が私達に向ける視線は痛いものが多い。なので身近な名前に聞くことにした。ミネルと重なる仕事を意図的に与えられていることに気がついた名前は機嫌がよく、最近は私にも愛想がいい。王宮の図書館で資料を借りてきてくれるように頼んでみたところ、快く承知したのには少し驚いたが…これも良い事なのだろう。今、私はその資料を隣にこの記録を記している。なかなかの量だ。この国の現状の全てとは言い切れないが、多少は把握することが出来るだろう。


・△月○日
また少し日が開いた。ララヤは相変わらず幼い体躯に見合わず走り回っているように見える。民との交流の場は以前より増えたようで、城の外に出向くことが多くなった。ララヤは少し背が伸びたように見える。言葉や、気遣いも見え始めた。王として成長が見られるのは良い事なのだろうと思う。しかし常にララヤの傍に付き添っているミネルが肩やら腰やらを擦りながら歩いていたのは……年齢的なものがあるのだろうと思う。そういえば名前に(ララヤ達に)差し入れをしてやるように言いつけた時、普段なら飛び上がって喜ぶところが少し驚いたようだったのが不思議だったな。ミネルと何かあったのだろうか。

そういえば最近はミネルがララヤに付き添っていたせいで、仕事が被らなかったのか。道理で最近は名前が私の補佐をしているわけだ。暇そうにしているところを捕まえて適当な仕事を与えていたつもりだったのだが…なるほど。書き出してみれば分かることもあるものだ。イシガシがこまめに記録を付けていたのも分かる気がする。もう少しこまめに記録を取ってみてもいいかもしれない。
ここ最近の仕事の進み具合がスムーズだったのも理解出来た。サポートにイシガシだけでなく、名前も居るなら普段よりも進むだろう。この国を知る人間の意見は役に立つ。明日にでも一言、礼を言っておけば今後も協力的かもしれない。


・△月◆日
名前の様子がおかしい。

いや、おかしいというか…まず目を合わせない。次に最低限の単語しか口にしない。私と同室で仕事をするのが耐えられないという顔で書類を抱えては部屋を出て行き、整理をし記入をした上で渋々私の元へ持ってきた後、また書類を抱えて部屋を出ていく。一週間程前、礼を言ってからこんな風になった気がする。何故だ…いつも助かっている、という礼の言葉は私が知らないだけでファラムの中では礼に当てはまらないというのだろうか?イシガシは首を傾げながら、そんなことはないと思いますが、と言っていた。ということは非礼にはならない…はずだが。おそらく。
非礼でないのなら、イクサルの人間に礼を言われたという事実に腹を立てたというのだろうか。相変わらず、あまり周囲からの視線の色は変わらない。…いや、嘘を書いた。ララヤの働きや我々の業績は示されているので、以前よりは随分色眼鏡が減ったように思われる。が、名前としては私から声を掛けたという事実が気に食わないのであろうとここに結論付けておくことにしよう。自分ではあまり非が分からない。

そういえば先程、ロダンが訪ねてきた。最近名前とどう、と聞かれたがあれは何だったのか。特に何もないが、と返すと不服そうだったのが妙に引っかかる。何か言いたげなあの表情はなんだったのか……そういえば名前とロダンは仲が良かった、のか?姉と弟、のような関係性だと…誰かが言っていた気がする。どこかで偶然聞いたのかもしれない。確かバラン兄弟の弟の方が名前に惚れていて、ロダンとの関係性を兄に聞いていた。そうだ、思い出した。兄の方は初恋は実らないんだぞ、と弟を諭していた気がする。少しスッキリした。しかしロダンは私に何を望んでいたのだろうか。名前もどうするか…随分扱いにくくなってしまった。このままではララヤに遅れを取りそうだ。



・□月◎日
最初にこの手帳を開いたのはいつだったか。また間が空いた。

結論から書こうと思う。名前は私の事を好いていたらしい。正直、よく分からない。何がトリガーだったのか……今、名前は目の前のソファーですかー、すかーと(文字で音を表すのは難しいな)…情けない寝息を晒して眠っている。上着を貸してやったのは情けだ。名前は3度、徹夜をしたらしい。仕事は溜まっていなかった。何故か?どうやらこの手帳を見たらしい。前ページの文末、名前をどうするか、と書いていたところを見て眠れなくなったと言うのだ。数ヶ月も前の日記だと気がつかないままに気にしていたらしい。正直なところ、心から馬鹿だと思う。

半分眠った状態で、私がこの部屋に戻ってくるのを待っていたらしい。わたしををどうするんですか、と呂律の回らない口で迫ってきたかと思えば情けない声で好きなんです、と囁いて、手に持っていた紙束を床に撒き散らしながら倒れて寝た。丁度部屋の前を横切ったイシガシが手伝ってくれなければ私は頭を抱えて名前を部屋の外に放置しただろう。

それにしてもどういった心変わりが起きたのか。ミネルの事を好いていたのではないのか…星が違えば感情の変化も違うものか。名前の事は、相変わらずよく分からない。が、どういう風の吹き回しで私の事を好きだと思うようになったのか、気になるところではある。私の数ヶ月も前の日記の内容が自らの健康に影響を出すほどだ。余程、名前の中で私の存在は大きくなったのだろう。信頼されるようなことをしてきたというよりは自分の仕事をこなしてきた感覚が大きいせいか、本当にどうしてこんな風になったのか分からない。ロダンを呼びつけて名前を引き取って貰おうか、今真剣に悩んでいる。…それはあまりにも酷だろうか。名前のためにも今この場で回答を準備した方がいいのか?

他の星の人間と血を混じらせることに抵抗があるのかもしれない。…いや、名前に好意を抱いているわけではないが…与えられた選択肢に、戸惑っているんだろうと思う。正直、今私は混乱している。とりあえず、今の私に出来ることは…?



名前の手首に触れた。体温は、さして変わらない。我々にとっては宿敵の星の人間だ。が、名前やララヤは我々とは生きていた時間が根本的に違う。我々が、私が、受け入れるならイクサルは少し形を変えれど、続いていくということなのだろう。自分の感情はどう思い出せばいいのかよく分からないのが、これほど困ったことになるとは!


彼はこんらん している ようだ !



(2014/11/04)

おまけ 夢主のにっき




・●月◎日
ララヤ様から新しい仕事を与えられた。…それがまさか、イクサル人の、しかもテロリストのボスの!下で働けなんて…!この国を滅ぼそうとして、宇宙を乗っ取ろうとしたイクサル人のボスはオズロックと名乗った。ララヤ様はどうしてあんな人にこんなに重要な仕事を任せるのだろうと言うぐらいに、重要書類を横流しにしている。確かにララヤ様の視察も大事なお仕事だけれど…
そういえばオズロック様(嫌味を込めて様、を付けて呼んでる)から一番最初に与えられた仕事は偶然にもミネル様と重なる仕事だった。ラッキー!上司は最悪だけれど、ミネル様に激励されたら何でも頑張れそうだよ!

・●月▽日
オズロック様は随分と手際が良い。イシガシって人も補佐に長けている。私の仕事は同じファラムの人と顔を合わせるものが多い気がした。会議なんかにオズロック様がそのまま出席するのは、もう少し状況が落ち着いてからの方が良いんだろうなと思いながら、私はオズロック様の代わりに会議に出席する日々だ。ララヤ様はそれらを考えた上で私をオズロック様の下に付けたのかな?だとしたら随分と成長なされたものだ。部下としてとても誇らしく思う。

そういえばミネル様とよく仕事が重なるけれど、これはもしかして意図的…?まさかね。とにかく毎日が輝いている気がする。なんだかんだ、接してみればオズロック様だって少し無愛想で気難しいだけの、綺麗な男の人だし。ミネル様はいつも私を励ましてくださる。おかげで元気だっていつもフルチャージ!
あ、そうだ。オズロック様に頼まれて図書室で資料を借りてきた。まだみんなピリピリしているし、顔を出しづらいんだろうなと思う。そういう気遣いが出来るのに、元テロリストなの…でもこの国のことを知りたいって姿勢はうん、嫌いじゃない。むしろ好ましい。働きやすいし、前よりは上司に恵まれているかも。あの大臣は本当にただのスケベジジイだったしね…いつか引きずり下ろす!とは決めてたけどオズロック様はそんな風に思わない。今は経過を見守るしかなさそう。

・△月○日
ララヤ様が王宮の外へ行くことが多くなった。王女を招いたイベントが多くなったのは勿論だけれど、ララヤ様は目を離すとお忍びで外に出かけてしまう。年頃の女の子だからしょうがない、って思っていたら貧困街なんかにも頻繁に出かけて、直接住民と意見を交換しているらしい。最初は驚いたけれどお忍びでも常にミネル様はララヤ様の傍に付いているし…この間は紫天王も同行したらしい。ララヤ様は真摯な表情で自分を仕事をこなしているとか。ロダンが素直にララヤ様を褒めたのには少し驚いた。この子も成長しているんだなあ…身長は成長していないって言ったら怒るだろうからここだけに秘めておこう。

ミネル様と仕事が重なることが少なくなった。というか、時期的に会議も少ない。王宮の中もピリピリと、時期特有の張り詰めた空気が支配しているような気がする。最近はずっとオズロック様と、イシガシさんと書類整理だ。●月に比べて随分と手際が良くなったオズロック様は、私が置いたカップ(今日はコーヒー)を何も言わず何も見ずに手に取って飲み干した。コンピューターや紙面から目を逸らさずに、だ。イシガシさんが目を見開いていたけど、それは私も同じだったと思う。まさかそんな普通に…この人は暗殺されるかも、なんて考えないのかな。それともファラムの毒はイクサル人に効かないのかな?私がそんなものを盛る必要性は無いけど…とにかく(少し変だけど)オズロック様が心配だ。

・△月□日
分かんない。分かんない分かんない。本当に、分かんないって!なんなんだろうあの人!いつもみたいに紙面を無表情で眺めているかと思えば、私を呼び止めて…!いつも助かっている、って!なんなの!?…本当に、なんなの!分かんない。本当に、分かんない。

目が優しかった。最近はずっと一緒だったから分かるようになったのかもしれないけど、口元がほんの少しだけ緩んでいた。おかしい。絶対おかしい。そもそもどうしてこんなに私は混乱しているの!?落ち着いてよ私!あああもう!


……不覚だった。あの時確かに、心臓が跳ねたのは…ここだけに記しておこうと思う。どん、と胸に何か衝撃のようなものが走った。目の前で星が瞬いた。くらくらする。今も。ぐらぐらする。地震かな?……そんなはずはない。私が少し、おかしいだけだ。
今日の残りは明日やろう。もう寝てしまおう。もう分からないあの人……




・□月○日
机の上に置かれていた手帳を、興味本位で開いてみたらオズロック様の日記だった。数は少ないけれどあの人も日記を付けるんだ、って…そんなことはどうでもいいの!私、確かに最近避けていた。…オズロック様と顔を合わせられないのは、しょうがないでしょう!だって、ミネル様が好きなんだよ、私。仕事が出来て、勞ってくれて、格好良くて……あれ?これはオズロック様にも言える、のかな。ちょっと表現力は乏しいけれど、オズロック様も勞ってくれるし、仕事が出来るし、格好いいし…あれ?あれ!?どうして?ミネル様の事を書いてるより、オズロック様の事を書いてる時の方が心臓がうるさい…気がする。

これってもしかして、私はミネル様よりオズロック様の事を好きになって…?いやいやいや!有り得ない!有り得ないよ!だって、元テロリストで、私達の星を……ああ、でも元は私達の先祖が彼らの星を滅ぼしたんだっけ。じゃあ私はオズロック様を好きになったらいけないんじゃ…………これは心に秘めておこう。そうしよう。誰にも言わなきゃいいだけよ。

それより、私はどうなるんだろう。一番新しい日記は、私のことを扱いづらいと表記していた。筆跡は確かに彼のもので、その生真面目さが伺えるあの文調は見間違いではない…と思う。どうしよう、今の仕事はすごく楽しいし、充実してる。あの大臣のところに戻るなんて!考えられない、考えられないってば!…ああ、どうしよう。今日も眠れそうにないや……


・□月◇日
三日眠れなかった影響だろう。オズロック様の前で倒れたらしく、目覚めると既に月が登っていた。心底呆れたと言わんばかりのオズロック様から、私の仕事は代わりにイシガシさんが引き受けてくれたと説明された。

イシガシさんに何とお礼を言えばいいんだろうか…とぼんやり考えていると、目の前にオズロック様の顔があった。私を覗き込んできて、どうして私を好きになった、と聞かれた。寝ぼけた私がオズロック様に好きだと言ったらしい。自覚したばかりのせいで、言った実感は無いけれど今も顔から火が出そうだ。書いていれば、きっと落ち着く。うん、……うん!ダメだ!私何やってるの!?

オズロック様は、私が日記を覗いたことを知った上で許してくれて、それから私に猶予をくれた。もう何が起こったのか、自室に戻って机に向かって、こうして記録を付けているのに自分でも整理しきれていない。とにかく、私には猶予が与えられたのだ。オズロック様は部下としてではなく、名前という人間を見ようと心がけてみると言った。心臓が破裂しそうなぐらいにうるさいけど、もしかしたら希望があるのかも!

これは、頑張らないわけにはいかない。おやすみなさい、また明日。今日はゆっくり休もうね。明日からはもっと頑張らないと!