虚像を追いかける


隣で微かに口を開けて寝息を立てる、天馬の姿は年相応のまだ幼い少年だった。

そっと物音を立てないようにベッドを抜け出して上着を羽織る。……同じベッドで寝たからといって、やましいことをしたわけじゃない。そもそも、こんなに小さい男の子に手を出すなんてとんでもない。ただ、一緒に眠りたいと天馬が言うから一緒に眠っただけ。本当に、それだけ。なのにどうしても、繋いでいた手を離すのが惜しくてこんなに時間を費やしてしまった。まだ微かに温もりが残る右手を、そっと心臓に充ててみる。

私が天馬に嘘を吐いていたって、天馬が知ったらどう思うんだろうね。怒るのかな。寂しがるのかな。……きっと、最後に許してくれるんだろうと想像がつくから私は天馬の優しさにつけこんで、甘えているのに間違いないんだろうね。ああ寂しいなあ、天馬に触れられなくなるの。ああ寂しいなあ、二度と天馬の前に姿を現せられないの。

私が今、巷を騒がせている宇宙人の仲間だって天馬が知るのはいつになるんだろう。天馬はテレビを見るよりも、外で遊ぶ方が好きだからずっと知らないままなのかな。最近はサッカーが楽しいみたいで、そのきっかけは豪炎寺修也だったみたいだ。私は天馬を助けるのに間に合わなかったから、豪炎寺に感謝しなきゃいけないんだろうな。

あーあ、本当にどうしてこんなことになっちゃったんだろうね?豪炎寺修也の監視と、牽制と、…いざという時の力量を測るための捨て駒。だったはずなのに、私を見上げてお姉ちゃんは綺麗な目をしてるんだね、なんて言った天馬の純粋無垢な瞳に、こんなに感化されてしまった。豪炎寺修也の存在と、エイリアのことがどうでも良くなりつつあるのは本当に不思議なことだった。天馬がどうして私に懐いてくれたのかが分からないまま、私は天馬をどんどん好きになっていってしまったのだ。(この好き、は当然恋愛感情なんかじゃない。元々私も瞳子姉さんに付きまとって…瞳子姉さんが優しくて大好きになったから、おひさま園に住むことを躊躇わなかった。その時の私は瞳子姉さんをとても綺麗な人だと思ったのをきっかけに、姉さんに懐いたから…天馬にはシンパシーを感じているんだろうと思う)

天馬とは密やかに、二人で一緒に遊んだ。いらない、なんて言って私を置き去りにした女の人の後ろ姿は時折天馬の笑顔に重なった。でもその女の人とは違って、(すっかり人が変わってしまった父さんや、そんな父さんに付き従って私が弱いからいらない、って言ったヒロト達とも違って)天馬は私を必要としてくれたから心底、嬉しかったのだ。瞳子姉さんは、今は父さんのことしか頭にない。いらない子に戻った私は、天馬がいて初めて必要な子になる。

でも、それも今日でおしまい。私はまた、いらない子になっちゃうの。


「ごめんね、天馬」


剣崎さんがね、私が何の成果も出さずに天馬と遊んでばかりな私を見つけちゃってね、私を処分するように父さんに勧めちゃったんだよ。私はそれに反抗する権利もなんにも持ってなくて、誰もそれに反対しなかったからしょうがないの。私は記憶を消されて放り出されて、何も知らないまま死んで行くんだよ。…うん、寂しい。さみしいよ。天馬のこと、忘れちゃうのが今は一番寂しいな。私の名前すら知らない天馬は、時間が経つにつれて私のことを忘れるんでしょう。


「…もし、良かったら時々は、"今"の私を思い出してやってね」








**


「…んま、天馬」
「――…え?」
「ああもう、やっと起きた!いくら疲れてるからって授業で寝ちゃダメだよ」
「……あおい?」
「まだ寝ぼけてる?もう、しっかりしてよ天馬ってば!」


ぱしん、と背中に軽い衝撃が走ってやっとぼんやりとした視界がはっきりとする。目を擦ると、とっくに3限は終わって休憩時間になっていて、葵の机の上の教科書は俺が出しているものと別になっていた。あれ、おかしいな…俺寝てたんだっけ。


「天馬、大丈夫?少しだけどうなされてたみたいだよ」
「信助、それ本当?」
「お姉ちゃん、って言ってたみたいだったけど…秋さんと何かあった?」
「ううん、何も…そもそも秋ねえをお姉ちゃんって……あれ?」
「なんだか天馬、いつもと調子が違うわね」
「そうかな……最近、よく同じ夢を見てるから、さっき見てたのもそれかもしれない」
「同じ夢?」
「へえ!聞かせてよ天馬」


不思議そうな顔をする葵と、覗き込んでくる信助の顔を見ているとその時には既に、夢の内容は半分以上忘れきってしまっている。同じ夢を見ている、ということだけは覚えていて内容はいつだって朧げにしか記憶していない。そう、あれは。


「小さい頃の夢なんだ。まだサッカーを始めたばかりの頃かな…よく一緒に遊んでくれて、優しいお姉さんが俺にはいた…はずで。で、その人はいつの間にかいなくなってるんだよ。でもその人、何か言ってて…まあ覚えてないんだけど」
「不思議な夢ね」
「うん、俺も分かんないんだ。俺には血の繋がった姉ちゃんなんていないし、顔もよく覚えてないんだけど…紫色の石の、ペンダントをしてた。いつもそれを身につけてて、でも普段は服の下に隠してるんだ。変な色だったから似合わない、って言ったことは覚えてる」
「そこだけ覚えてるの?」
「うん。でも、それで…そのお姉さんはさ、似合わないって言ったらだよね、ってすごく寂しそうに笑ったんだ。顔は覚えてないけど、泣きそうだって思ったんだよ。だから俺がしっかりして、その人を守ってあげなきゃって思ってた……はずだったんだけど」




虚像を追いかける



(2014/09/30)

ハッピーエンドはファイアトルネードという名のフリーズにより消し炭にされました