ある程度の距離は恋に適している


「何やってんの」
「見て分かるでしょ、ボタン付けてるだけ」
「へえ、誰の制服?」
「天馬の。早くサッカーしたくて着替えたくて、ボタン外すの忘れて制服脱ごうとして、力任せに引っ張ったらボタンが弾け飛んだんだって」


ふうん、と狩屋はあまり興味が無さそうに返事をしたのに、私の目の前に回り込んできてから、私の前に座っている信助の机の椅子を引いてそこに座り込んだ。椅子の背に顎を乗せて、私の手元を覗き込んでくる。私の机の上には、天馬が(鍛えられたせいで成長した)力に任せて弾き飛ばした天馬の制服のボタン。それから、小学校の時に購入した裁縫キット。案外万能で使いやすい旧デザイン。

今日は家庭科の授業があったから、丁度持ってきていたのだ。タイミングばっちりでボタンを弾き飛ばした天馬は、サッカーをやりたいから!と言って私の元にこれを押し付けてボールを抱えたかと思うと逃げた。窓際にある私の席からグラウンドが見下ろせるのだけど、天馬は楽しそうに体操着姿でせっせとボールを追いかけている。


「名前はさ、天馬君のこと好き?」
「嫌いだったら押し付けられてもボタンなんて付けてやらないよ」
「へえ、好きなんだ」
「好きだよ。そうじゃなかったら何年も友達やらないもの」
「……ふうん」


もう一つ、ボタンをとめてから穴の位置を確認する。まち針を抜いて、短くなってしまった糸を取り替えるべく針をクッションに刺した。つんつん、と別に取り出していたまち針用のクッションをつついて、カラフルな先端の球体をつまむ狩屋はつまらないと言いたげな雰囲気を隠そうともしていなかった。一体何が気に障ったんだろう。


「狩屋ー」
「なに?」
「目の前でつまらない顔するんだったら、天馬達とボール蹴ったら?」
「そんな気分じゃないんだって、残念なことに」
「別に残念ではないし、むしろ話し相手がいて私は嬉しいけどさ、狩屋つまんなそうだよ」
「そんなことない」
「私、何か言ったっけ」
「ねえ名前、ひとつだけ聞いていい」


……私の言葉をさらりと無視して、クッションにまち針を突き刺した狩屋が顔を上げる。「ねえ、天馬君が好きなんだよね?」「うん」それがなんなの、と聞き返すと狩屋は再び顔をしかめた。「それはさ、どういった類の"好き"なの」……なんだろう?思わず首を傾げると、狩屋は眉を潜めて私を睨んだ。


「あるだろ、…女子の大好物ならほら、恋愛とか」
「私が天馬に恋をしてるかって聞きたいの?」
「…………まあ、そうなるかな」
「あるわけ無いよ。天馬は確かに大事な幼馴染で友達だけどね、ほんとに家族に近い位置にいるの。むしろ近すぎて意識したことなんて無いよ」
「そんなこと言うけど、本当はどうなんだろうねー」
「世話を焼きたいのは少しあるけど、弟を見てる感覚に似てるって感じかな」
「天馬君は弟?」
「少なくとも兄のように見たことはない」


肩をすくめてやりながら、もう一つ。ボタンの周りにくるくると針を巡らせ、通していく。少し雰囲気を柔らかくした狩屋の表情を盗み見ると、嬉しいような困ったような、感情が半分半分で出ているような顔になっていた。「…弟、ね」どこか納得が行かないような声の真意を探ろうとして、少し考えた。狩屋の機嫌が損なわれて、狩屋が目の前を去ってしまったら寂しいなあと思ったのだ。それから、天馬については本当に馴染み以上のものがない。むしろ葵のような可愛らしい子の方が、天馬の隣には相応しいでしょうに。


「…で、狩屋はなんでそんなことを聞くの?」
「名前が無条件に優しいのって、天馬君ぐらいだから気になってた」
「別に無条件で優しいわけじゃないよ?仕方なく、つい、こう」
「ほんとにねーちゃんみたいじゃん、天馬君の」
「天馬がサッカー馬鹿なのが私を世話焼きにさせちゃったの」


糸を針に通して、狩屋と目線を合わせる。「名前はさ、」「うん」「天馬君の世話焼くばっかりで、周り見てたりしねーの?」「見てるよ、ちゃんと」特に狩屋のことは、他の人よりもよく見ている。DFラインを駆けてゴール前を守る狩屋は時々見ていて、天馬と似たようなものを重ねる時がある。ネーミングセンスと、案外おっちょこちょいな所も相まって狩屋のことは目が離せない。天馬を除いて、私の世話を焼きたい友人ランキングのナンバーワンに今のところ君臨するのが狩屋だったりしたりしなかったり。言ったことはないしうざがられるのが嫌だから一切言わないけど。

「見てないだろ」「見てるよ」「天馬君のことしか見てない」「そんなことないって。試合を見に行って、天馬だけ見てたって試合の流れは掴めないでしょう」身を乗り出してくる狩屋にほんの少しだけ眉を潜めてしまったのは、針が机の上を転がったからだ。「でも、天馬君はいつも試合を動かしてる」拾い上げた針をクッションに差しながら、狩屋の言葉を冷静に聞き取る。いや、まさか。…まさかねえ。「狩屋が動かす時だってあるでしょ?」「……めったに無いって」ねえ狩屋、何その自信無さそうな顔。らしくないよ、普段のいたずら大好き!って言わんばかりの表情に戻らないの?私の言葉で、そんなに落ち込んだ表情を見せていいの?――勘違いしちゃうけど、ねえ、いいの?


「狩屋、ひとつ聞いていい」
「…なに」
「私は、最近ずーっと試合の時に目で追いかける人がいるんだけど」
「……………っ、は」
「その人が私と幼馴染の関係を疑って、落ち込んだ様子を見せてる時ってさ、どんな言葉が一番嬉しいのかな」


眉をこれまでに見たことがないぐらいに潜めて、私を睨むように見ていた狩屋の目が数秒置いて、みるみる丸くなっていく。勘違いは、勘違いじゃなかったってことで良かったりする?狩屋、もう直接聞くのが早いからさ、聞かせてよ。狩屋はどんな言葉を私から聞ければ安心するの?狩屋が満足出来るのなら、私は何だって言ってあげられるよ。当然、心から気持ちを込めて。狩屋のこと、好きだし。



ある程度の距離は恋に適している



(2014/09/21)

目がしょぼしょぼしてる時に書いたので誤字があったらすみません…雰囲気で…