わたしのともだち


「ねえデスタ」
「何だァ」
「この間はちょっと格好悪かったね、ったあ!?」
「うるせえ黙れクソ女」


つむじを一閃、平手打ちにしてはそこそこダメージのあるそれを容赦なく繰り出してきた目の前の"自称"悪魔を睨む。クソ女と言い切って、私の髪を引っ張りながら不機嫌そうに海を睨むデスタは非常に悔しそうだった。夜の海は星の光が反射して、きらきらと輝くから大好きだ。

デスタとはライオコット島に降りたばかりのとき、(それこそナイツオブクイーンと戦うよりもほんの少し前)一人で島を散策していた時に知り合った。観光に来ていたガラの悪いお兄さん達がデスタに絡んでいて、それをデスタが数人まとめてサッカーボールで吹き飛ばしたのを見てしまったのが一番最初だった。割と物怖じしない性格のせいで、すごいねえなんて言いながら出ていったら何言ってんだこいつ、と言わんばかりの目線を頂戴した。ああ懐かしいなー…髪引っ張るの痛いんだからやめて欲しいなあ。言わないけど。

言わない、といえば結局みんなには、リカと春奈が攫われた時に攫った片方と友人なのだと言い出せなかった。鬼道に言ったら物凄い勢いで怒られたんだろうなと、今になって思う。でも言い出せなかったのはデスタが春奈の手を取ってしまって、攫ってしまったのを見たからだった。唯一無二の妹を、大切な後輩を攫われた、といった声の上がる中で私だけはデスタに姫抱きにされた、春奈を羨しいと感じていたから困る。ユニフォームを格好いいとは自分の感覚では言えないし、(半分ネタだと思っていたり)羽だって偽物の翼なのに。


「名前の髪はあの花嫁……あー、ハルナ?あいつより手触り良くねえなあ」
「うるさい。これでも手入れはしてる」
「顔も負けてんじゃねえの」
「そんなこと知ってるしそういうの言うからデスタはモテないんだ」
「胸もあいつの方がでか、った!何しやがる!」
「胸の事は言うんじゃない!」


髪をいじるデスタの手を振り払ってさっと距離を開ける。セクハラ悪魔め、どうして私はこんなやつに独占欲を抱かねばならないというのだろう。「貧乳」「ばか!」さらりと憐れみの目線を胸元に注いでくるのその姿は非常にムカつくけれど……年相応の、本当に同年代の少年だと思う。人ならざる力を持っているけれど普通の服を着て、普通のことを言い合って…なんだかんだ、遠慮をしないデスタの性格は嫌いじゃない。むしろ好ましい。……きっと、好ましいと思うからこんなに寂しい気持ちになるんだろうね。


「春奈を生贄に出来なかったの、残念だったね」
「お前らにとっては都合が良かったんだろ」
「そりゃあもちろん。そもそも、魔王なんて復活して何をするの」
「手始めに天界の奴らを潰す」
「セイン達がそんなに簡単にやられるかなあ」
「あいつらに肩入れするんなら殺すぞ」
「死にたくないし殺されたくないから嫌だ」
「…復活することに意味があるんだ。千年後に持ち越しだけどなァ」
「いつか、魔王様が復活するといいね」
「心からそう思うのか」
「思わないよ?」
「殺してやろうか」
「出来るものなら」


むしろ、殺して欲しいよね。誰の助けも何もない夜の海。デスタと私しか存在しない空間。悪魔なら、人の命をさらりと奪えるもんなんでしょう。ほら、証拠隠滅だって海ならすぐに出来上がるよ。……口には出さないけれども、デスタに殺されるんならそれもいいんじゃないかと思うのだ。

あの時。春奈ではなくて私が攫われていたのなら。私はきっとあまり躊躇わずに魔王の肥やしになったんだろう。デスタのためになるのなら、色んなものを天秤にかけただろうけど結局はそれを受け入れたのだろうと、時折考えてみたり、みなかったり。みんなの頭がブラジル戦のことやガルシルドのこと、円堂のおじいさんのことで埋まっていても私だけは、次デスタに会えるのはいつだろうかとか、いつ遊びに来てくれるのかとか、そんなことばかり考えていた。これがどんな名前で呼ばれる感情なのか、知ってはいるけれど口に出した瞬間に他の、色んな欲が溢れ出しそうで言えなかった。結局こんな時まで口に出せないなんて、私はどれだけ臆病なんだろう。

もうせめて最期なのだから、少しぐらいは自分の心のうちをデスタに見せてもいいんじゃないかと囁く自分がいる傍ら、仕舞いこんで自分を守れと言う自分も私に囁いてくる。『言ってしまいなよ』『言わなくていいよ』『何かが変わるかもしれない』『何も変わらない』『友達のままでいいんじゃない、また会いに来れる』『そうそう来れる場所じゃないよ、最後かもしれないよ』『もう少し大人になってからでいいんじゃない』『大人になったら、彼は別の人のものになってるかも』―――……『今日帰ることぐらい、打ち明けたら?』…そうだね、寂しがってくれたらすごく嬉しいな。


「イナズマジャパンがね、一昨日優勝したのは知ってる?」
「…まあな」
「だから、日が昇ったら私達は日本に帰るの」
「ああ、家か」
「うん。だからさ、デスタと会えるのも今回が最後だね」
「珍しくシケた顔してんのなァ」
「私は寂しいからしょうがないよ」


へえ、と意外そうに呟いたデスタが私の顔を覗き込んでくるから思わず笑った。「そんなに意外?」「ああ、意外だ。案外人間臭いなァ」「何それ」私が人間味がないって言われてるみたい。確かにあんまり、こういったことは口に出さない性分だけどね。そんな風に言われるのは始めてだ。頭の中では色んなことを考えるけど、顔に出さないから例えばパーティの時のエドガーなんかも私にはあまり寄り付かなかった。…別に、気にしてるわけじゃない。みんなの前や、デスタの前ならきちんと表情を出せるようになった。


「人間臭い私とは話したくない?」
「別に」
「そっか」


嬉しいなあ、と思いさえすれば自然に笑顔が出てくるようになったのも、デスタのおかげがあるんだろう。夏未達が円堂に向ける笑顔は、嬉しいから出てくる笑顔だったことを最近やっと理解出来た。うん、嬉しいなあ。私はデスタと友達になれて、良かったんだろうな。


わたしのともだち



(2014/09/18)

ふとネタが浮かんで特急で書いたので荒っぽいですが、荒っぽいのでおまけつけときました。攫って悪魔さん!




名前は随分と辛気臭い顔をしていて、その表情は今までに見てきた表情のどれとも違っていた。普段の名前は飄々としていて、底の見えない笑顔で笑うやつだった。そんなところが人間味を感じさせない、むしろ俺達と同類のような…そんな雰囲気があったから興味を抱いたのかもしれない。サッカーだって特別下手ってこともなかった(女にしては、多分上手い方だ。頭を回してボールを動かして、技術を補っているスタイルだった)。

気紛れに名前の元に足を運ぶたび、名前はなんだかんだ楽しそうにしていたから都合が良いと最初は思ったのだ。生贄にするのに丁度いい人間。腕輪に選ばれる素質は十分だったし、興味を引いて連れ込めば簡単に使えそうだと思っていた。なのに諭されていったのは自分の方で、遠目から一瞬だけ見えた名前の…多分恐らく、本来の表情が緩められた笑顔に心臓を掴まれてひねり潰されそうになったところから何かが変わったのだ。

名前は自分の仲間を連れ去られたことも、殺されそうになったことも悲観しない。むしろからかうネタにするぐらいで、つまり自分にあまり興味のないやつだと思っていた。そんなところは嫌いじゃなかったし、でも同時に人間性を疑ってもいた。それがどうだ、今目の前で名前は自らの口で寂しい、なんて言葉を吐き出したのだ。


「人間臭ェなあ」
「…人間臭い私は、面倒臭い?」
「嫌だっつうぐらいなら帰らなけりゃいいだろうが」
「でもね、一応私に家族とか、家とか、学校とか友達とか、ね」
「全部捨てればいいだろ」
「そんな覚悟は持ってないの」
「じゃあ、俺が捨てさせてやろうか」


珍しく、名前の目を見た気がする。不思議そうな色の中に、期待の色が混じっている。


「望んでんだろ、自分から"オネガイ"してもいいぜ」
「…何を?」
「しらばっくれんのなァ。悪魔様が、攫ってやろうかって言ってんだぞ」
「ちゃんと聞いてくれるから、デスタが時々優しく見えるんだよね」
「…うるせ」
「……それに、そういうのって私の意見は聞かないものだと思うよ」
「あー細けえ!分かってるっての!何も言わずに俺の意思だけで連れてきゃいいんだろ」
「うんうんそうそう、分かってるじゃん」
「……本気にしてねえな」
「えっ冗談じゃないの?」
「冗談じゃねえよ」


覗き込むと、名前の瞳が一瞬だけ紫色の光を反射する。次の瞬間に傾いた体を、さっさと受け止めると名前が小さく唸って、笑った。「…案外、いい気持ちじゃないね、これ」「当たり前だろうが」「でも、攫ってくれるのは嬉しいなあ……私はどうなるんだろうね」楽しそうに笑って、ゆっくりと目を閉じる名前は俺のものだった。生贄でもなんでもない、悪魔に身を売ったバカな女を、手放したくないと思う俺も十二分に馬鹿なんだろう。