決まっていること


風介が、ずっと片思いをしていた相手にフラれたのだと。

私にそう話した晴矢の顔をよく思い出せない。嬉しそうだというわけではなかった。至って普通の日常会話の隅で、ぽろりとそれを零したのだ。言ったあとにしまった、という顔をしたけど誤魔化すことはしなかった。確かに風介の様子は目に見えておかしかった。

でも不思議だ。恋愛は顔の良さで決まるというものでもないらしい。風介は贔屓目を抜きにしてもとても綺麗な顔立ちをしているし…中学の時は目立っていた、中二病も十分に抑えられている。(勿論、身の回りがおひさま園時代の幼馴染達ばかりだと一切遠慮はしていないけれど、でも学校や知らない人間の目のあるところでは控えるようになった)だから風介はクラスどころか学年単位で目立つ存在だったし実際モテていた。多少人付き合いが苦手だけれど、その要素は良い方に働いて"クールな涼野君"として風介に肩書きを持たせていた。

風介のことをずっと好きだった私は、風介に好きな人が居たこともショックを受ける原因の一つだった。でも考えてみれば風介の無表情から表情をさらりと読み取れるのは晴矢やヒロト、瞳子姉さんだったし…知らなかったのも無理はないんだろう。そもそも風介はそんな素振りを誰にも見せないタイプだ。ヒロトや晴矢はそれを見抜いてしまうんだろうけど、私はそこまで風介のことを理解しているわけじゃない。(だからこそ、風介のことを知りたくて恋をしているのかも)

それに、恋をした素振りを誰にも見せなかったのは私も同じだった。気恥ずかしさからではなく、本気で誰にも悟られたくないと思いながら風介のことを好きで居続けた。晴矢にはついこの間、バレてしまったけれども。ああでも、私が風介にあなたが好きなんです、なんて素振りを見せたら少しは違ったり…しないんだろうな。風介が私のことを好きになるなんてことはない。有り得ないと断言出来る。きっと上手く行かないんだろう。でもそれでも私は風介に憧れていたし好意を寄せていた。傷ついた風介の姿を見たくないと思った。


――だから、まあ。私は下心を抱えて傷ついた風介に擦り寄ったのだ。


そう、例えば一昨日。風介は私が部屋に持ってきたおやつのゼリーを、少しだけ目元を細めて口に運んでいた。小さいテーブルの上には各教科の課題が所狭しと広げられていて、ノートは綺麗にまとめられていた。風介は案外真面目に勉強をするタイプなんだなあとしみじみ実感したんだっけ。甘い砂糖を溶かしたサイダーの、ペットボトルも差し出してやると普段なら絶対にしない配慮に、風介は少し気味悪いぞと覇気の無い声で私を罵った。知都らんぷりをしてやったけど。

それから昨日。寝不足気味の風介がお弁当を忘れて購買に乗り遅れたのを知って、自分の弁当をまるごと風介に差し出してやった。おやつ系のパンだと満足出来ないだろうし、部活に支障が出るだろうという判断。女物の弁当箱を受け取りながら、訝しげな目線を送ってくる風介は同じように無視して押し付けてやった。足りないなら食べていいよ、と持ってきていたフランスパンのサンドイッチも押し付けた。

それから今日。風介の元気が出ますように、なんて心の中で念じながら飴玉をいくつか風介の手のひらの上に乗せてやった。ソーダと、オレンジと、ラムネ味。変な顔をした風介の横で、晴矢がバカだろと私を罵った声は聞こえた。いいよ、別にバカでもいいよ。


**


「名前」
「う、びっくりさせないでよ…風介、部活は?」
「出る気分じゃなかった」


校門を出たところで風介に捕まった。帰るんだろう、と聞いてきたからそりゃあ勿論と頷いておいた。別に寄るところもないし、部活に所属しているわけでもない。背後ではサッカー部グラウンドにラインを引いているのに、風介はすっかり帰る支度をしてしまっているようだった。帰る場所が一緒だから、通る道だって変わらない。

並んで歩き出した瞬間、中学の頃は対して変わらなかった背丈が大きく離れてしまったことを強く意識させられた。歩幅が大きく違うのだ。風介の一歩が私の二歩だった。すぐに隣の歩調は緩められたけど、なんだか大きな壁に衝突してしまった気分だった。風介は並んで隣を歩いているはずなのに、どんどん遠く離れていく。


「名前、キミは最近おかしい」
「おかしい?そうかなあ」
「……私のことを、誰かから何か聞いたりしたのか」
「晴矢から、失恋したって聞いたよ」
「……………」


黙り込んだ風介と並んで、赤信号が青になるのを待つ。車の音にかき消されそうな声で、そうかと風介が呟いたのが聞こえた。「…じゃあ、あれは」「そんな事より風介、どんな理由で振られたの?」続きそうになった質問は、人の恋路に興味津々な振りを装って遮った。顔をくしゃりと歪めた風介が、点滅し始めた青信号を見つめる。


「――ずっと好きだった男がいた、そうだ」
「…風介は何てその子に言ったの」
「………」
「何も言えなかったんだ」


黙り込んだ風介を促してやる。青になった信号を渡りきったところで、本当にどうしたんだと風介が私を睨むように見据えた。「哀れんでいるのか」「…何が?」私が、誰を哀れまなければならないんだろう。すっかり足を止めてしまった風介に正面から向き合うと、目だけは威嚇しているのに寂しそうな表情に嫌でも気がついてしまう。


「名前は、私を憐れんでいたから最近やけに…」
「優しかった?」
「…だとしたら、今すぐにやめてくれ。不愉快だ」
「別にやめるつもりないよ。風介を哀れんでいるわけじゃないから」
「なら、どういうつもりで私の機嫌を取るような真似をしたんだ」
「大事な家族の一人が、傷ついてるって知ったから。それじゃダメ?」
「嘘だろう」
「うん、嘘だよ」
「納得がいかない」
「別に行かなくていいんじゃない」
「……名前」


いい加減にしてくれ、と風介がか細い声で私を呼んだ。「名前、憐れみからじゃないなら一体なんなんだ?優越感にでも浸りたいのか。まだ……父さんが居た時、私達が宇宙人だった時に…私がキミを虐げていたことを根に持っているのか」「そんなの忘れちゃってたよ。優越感は別にいらない。風介にはなんにも敵わないし」「なら、どうしてキミは…」困ったように風介が私を見るから、心臓がぎしぎしと嫌な音を立てる。ああ、そうだよ。私はね、そうなの。


「自分の満足のためだよ、風介」
「……満足」
「うん、自己満足。私は風介が好きだから、傷ついている風介に優しくして満足感を楽しんでる」
「待て、名前。キミが、私を?」
「知らなかったでしょ?私、ずっと風介が好きだったんだよ」
「………」
「…だから今、風介に優しくしてるのは自分のため。私はね、多分他の人が誰かに振られたとしてもきっと、ありきたりな言葉しか言わないよ。でも風介は…うん。私にとって、風介はすごく大事な人だから、傷ついているんならそれを労わりたいと強く思うの。こんな風に思うのは風介だけだよ」
「名前、私は」
「いいよ、別に。私は風介にとって幼馴染み。家族の一人。知ってるよ」


すまない、と小さく呟いた風介の声にいいんだよと頷いた。「風介、私はいつだって風介のことが好きだから、どんな風に扱われたっていいよ。いつだって優しくしたいと思うし、都合のいいように使われたって構わない」私の"好き"は報われないものだと昔からよーく知っていた。だから、悟られたくなかった。

きっと風介は傷が治ったら、好きな人がいると言った彼女に再び思いを告げに行くんだろう。後に二人が結ばれるだろうと女の勘が告げている気がした。ああ、名前も知らないのにね。その子に成り代わりたいって思うし、風介の好きを私に向けたいと思うけれど、世界はそう上手く出来ていない。風介は、私を好きにならない。


決まっていること



(2014/09/13)

悲恋をもぐもぐしていたいです。南雲は自分が男だったら友人にして一緒にバカをやりたいぐらいに好きです。涼野は遠目から見守るタイプですねきっと