虚しい抵抗



「今日も覗きですか」
「……ええ」


ドアの隙間から部屋の中を伺う、私の姿にイシガシが相変わらずですねと寂しそうに笑う。

壁を擦りぬけることが出来ない体は相変わらず不便だ。オズロックに触れることを許されないこの腕も、やっぱり不便なものだった。何の役にも立てないし、全てが思うように行かない現実は全て私のものに間違いない。寂しいよ、と呟くとイシガシは黙り込む。

――たった一つ、カプセルと機械が置かれているその部屋にオズロックはいた。

いつものように目を細めて、カプセルの中に生かされている彼の王女を見つめるオズロックはどこか痛々しかった。カプセルの中で揺れる髪を、閉じられた瞳を、その四肢を。オズロックは少し苦しそうな表情で見つめている。その姿を見る度に私の心は軋む音を響かせ、彼に触れたいと悲痛な叫びを上げるのだ。「ねえ、イシガシ」「…なんでしょう」「私、オズロックに触れたいよ」「………」黙り込むイシガシの沈黙の、その意味は私が一番よく分かっている。


「困らせてごめんなさい、イシガシ」
「いえ、気にしません」
「……そうね、ありがとう」


淡々と告げられた言葉の奥には、イシガシの優しさが秘められている。「…一緒に来ますか?」指で示されたのはオズロックのいる部屋の扉だ。「ううん、いい」首を振ると、そうですかと分かっていたかのようにイシガシが私からそっと目を逸した。イシガシはこの部屋の主ではないから、私を部屋に引き入れることが出来ない。

イシガシがパネルに触れると扉が開き、オズロックがこちらを振り向いた。――この一瞬だけ、いつも私はオズロックの顔を正面から捉えることが出来る。すぐに扉は閉じてイシガシの声もオズロックの声も聞こえなくなった。隙間から覗くと、オズロックはカプセルを目の前にした表情はどこかへやってしまっているのが分かった。普段通りの無表情を貼り付けるその顔の裏には、恋に縛り付けられてしまった一人の青年がいる。


「……ごめんなさい、オズロック」


足音が聞こえて、扉が開いた。目の前に立ったオズロックは、そのまま私を素通りして廊下を歩いていってしまう。振り向いたイシガシは哀れだとでも言うように私を一度だけちらりと確認した。オズロックは、やっぱり今日も私に気がついてくれることはない。

オズロックを縛ってしまった、その過ちを償いたいのに神様はそれすらさせてくれないのだ。私達の未来を奪って、私の命を機械に預け、家族を捨てさせた神様が恨めしい。ああ、この体はいつまで保っていられるんだろう。機械の力にも限界があるんだって、私からオズロックに伝えたいのに。早く私に見切りを付けて、次の人を見つけてくれればいいの。オズロック、あなたの幸せが私の幸せなのだと…それだけを伝えたいだけなのに。神様はどれだけ、私達に意地悪をするんだろう。

体から意識だけ、抜け出しているこれは思った以上に不便なものだ。イシガシ以外に私の存在に気がついてくれたイクサルの民はいない。オズロックでさえ私の意識は体に縛られていると思い込んでいる。オズロックに存在を認識して貰えねば、私はいつまでだってオズロックに見えないまま、この廊下を…オズロックを一瞬だけ見つめることの出来るその瞬間を、何度も求めて彷徨うのだろう。イシガシ目が語るように、確かに私は哀れだった。


虚しい抵抗



(2014/07/29)

夏なので幽霊ネタを