砂糖まみれのキスをください


「オズロックってさ、いい意味でも悪い意味でもお堅いよねえ」


発した言葉は思った以上に大きく響いた。ぴたり、と動きを止めたオズロックが数泊置いて心底嫌そうな顔でこちらを振り向く。「……くだらん」呆れた声が返ってきて、思わずむっとしてしまう。「あ、気に障った?」笑顔を作って舌を突き出すと、大きな溜め息の音が聞こえた。無言の圧力から逃れたくて身をよじる。


「性欲も薄そう。子供に興味が無さそうだし、まともな恋愛出来なさそう」
「…くだらないことを考える暇があるのなら手を動かせ」
「否定しないってことは肯定でいいの?私、今怒られるの覚悟してたんだけど」
「生憎名前に構っている暇も余力も残っていないのでな。さっさと終わらせて私を寝かせろ」


随分と不機嫌そうな顔をしながらも、本当にお説教をするつもりも何もなさそうなオズロックがもう一度、一枚の紙片を睨みつけはじめた。テンマやアオイが送ってきた"リョクチャ"の葉をポットの中でお湯に揺らしながら私も紙片を睨む。並ぶ数字が意味するのは、少しばかり芳しくない記録だった。私だって疲れてる。その上オズロックにも構ってもらえない。


「ねえ、オズロック」
「……今度はなんだ」


私達はこの間、付き合いをはじめた。――それも結構ヘビーな、結婚を前提にってやつ。

オズロックとはもうずっと長い間、仕事上の相棒としてやってきたけれど……こんな風に意識するようになったのは、復讐が想定外の方法で終わってしまってからだ。そういえばもうあの時から、しばらく過ぎてしまったんだっけ。長いあいだ一緒にいたせいで、少しだけ変わってしまった距離感を上手く掴めていないのは私だけだろうか。会話が途切れたりはしないものの、でも私はオズロックと話すのが好きだしコミュニケーションを取ることはオズロックの(多少、他人を警戒しがちなところを)解消するのに役立つかもしれないとお節介にも思っていた。まあようするに、オズロックに構ってもらうのが私は好きだ。これはもしかしたら、ずっと前から気がつかないうちに私はオズロックのことを好きになっていたのかもしれないと、今更ながらに思っていたり。

まあ、そんなことはともかく。付き合い始めた直後に今のこの仕事が入ってきて忙しくなってしまって――なんだか、らしくない気持ちになっていた。普段ならこんな時はイライラしているオズロックをからかって、イライラを煽ればすぐに一旦寝る、なんて言葉が返ってくるからベッドに誘導するのは簡単だ。なのに付き合っている、だの恋人、だのの文字が邪魔をしてからかい言葉が空回りするのだ。どうしようもないから、今度は私がため息を吐いた。「オズロックってば」「……」やっと顔を上げて、こちらを睨んだオズロックの目を見つめ返す。


「忙しいのは私も同じだけど、大急ぎってわけじゃないでしょう、これ。睡眠足りてないみたいだし、寝たら?寝ないんだったら和やかに会話でもしようよ。集中し過ぎてもよくないよ」
「……珍しいな、お前がそんなことを言うのは」
「うるさい。というか、顔普段の二割増しで怖くて私がやってられない」
「…悪かったな」
「ああもう!とにかく集中し過ぎないで、寝るなり会話するなりでちょっとリラックスしよう?丁度お茶も入ったとこだし」


顔は生まれつきだ、とぶつぶつ言うオズロックはそれでも、少し息を吐き出してから席を立った。そのまま私の前のテーブルを挟んでソファーに座る。珍しいってことは、やっぱり私はそれだけオズロックに素直じゃなかったってことなんだろう。

リョクチャをカップに注いでオズロックに差し出すと、彼は天馬達からかと少しだけ顔の緊張を緩めた。数ヶ月に一度の頻度で遊びに来る友人に思いを馳せているんだろう。私としては、ちょっぴりジェラシーだ。だってテンマ達が遊びに来るとオズロックはそわそわしっぱなしで、テンマ達のことしか頭になくなるんだもの。茶菓子は何がいいだの、茶葉はどれがいいだの…素直に聞けない姿はまあ、微笑ましいものであることに違いはない。でも私としてはやっぱり、テンマ達が羨ましいと思う。私にだってもう少し、恋人になっているんだからもっと、オズロックは構ってくれていいと思うのだ。


「ねえ、オズロック」
「流石にしつこいぞ」
「私も仕事頑張るからさ、ひとつ私のお願い聞いてよ」
「…なんだ」
「キス」


訝しげな顔をした、眠そうなオズロックは眉を潜めた。そのままカップを持ち上げてお茶を一口飲み込んだ後、はあ、と呆れた声を吐き出した。「…つまり?」「キスしてよ、ってこと!」楽しくて、緩む頬はオズロックの気に入らないだろう。くだらないことを言うならさっさと仕事をしろ、なんて嫌そうな顔で返してくるんだろうな。そうして私は、キスぐらいいいじゃない、なんてオズロックをからかうのだ。いつも通りの気の抜けたやり取りは、私の心を満たすためにある。

ほらほら早く言い返してよ、と心が騒ぐ。「ほら、はーやーく」自らの唇を指差して、徹夜明けのテンションもあって私もかなりハイになっている。カフェインで動かしていた頭は、もうどうにでもなれと告げている。オズロックは怒るなり体力を消費して寝に行くだろうし、オズロックが起きるまで私が起きていれば今度は交代が私が眠れるし。ああほら、早く。オズロックはさっさと最期の体力を使ってばったり行っちゃえばいい。

「なに、今更恥ずかしいの?」今更だから恥ずかしいことを、私は知っていながら口にする。でも目を閉じて待つことはしない。多分、閉じたら2秒も数えないうちに眠ってしまうだろうと思うし、何より目を閉じているあいだにオズロックがデスクに戻ってしまったら、私だけが恥ずかしいことを言うばかりだ。それはずるい。納得がいかない。対等でないと気がすまない。


「……本気か?」
「ああうん、本気本気。早くはやく、ほーら」
「名前、お前も随分疲れているんだろう」
「そんなことないって。そんなことよりもう相棒じゃなくて恋人だし、いいじゃない」
「いいんだな」
「だから、いいってさっきから言ってるでしょう。…って、えっ?何で?怒らな、」


怒らないの、と紡ごうとした口は少しごつごつした手に塞がれた。久しぶりに触れた、オズロックの体温に一瞬で頭が真っ白になる。立ち上がって体を屈めて、オズロックが私の口元を伸ばした腕の先で塞いだということを理解した時には、口を覆い隠した手は既に消えていた。まるでそれは、魔法みたいに私の声を奪っていった。

言葉を失って目を瞬かせる私の目の前に回り込んできたオズロックが笑う。「撤回は無しだ」そのまま、塞がれた唇がはっと意識を取り戻させる。「っ、ふ…!」羞恥心がこみ上げてきて、思わず離れようと身を引こうとするのに頭がオズロックに抑えられていて顔を動かせない。やがて柔らかくて熱いなにかが口のなかに入ってきて、くちゅりといやらしい音を立てた。自分のものではないような、熱に浮かされた吐息が漏れる。

ねえ、なんなの。なんなの、これ。私はこんなもの、知らないんだけど!「っ、は…」――やっと口元が開放されて、飛び込んできた新鮮な酸素に思わず呼吸を繰り返した。ばくばくと、今までにないぐらいに心臓がうるさい。眠いなあ、なんて考えていた頭も恐ろしいぐらいに冴え渡っていて、何より口の中がまるで、私のものじゃないみたいだ。触れられた感覚はあまりにリアルで、顔はひたすらに熱かった。「オズ、ロック…!」息を整えながら目の前のオズロックを睨んで――ここでやっと、私がソファーに座ったままで、私に倒れ掛かるようにオズロックが口元を歪めているという状況を把握する。


「……も、もう十分です」
「遠慮するな。まだキスのうちに入らない」
「いやあの、私が希望してたのはそんなじゃなくて」
「ああ、もっとか?」
「違う!違うから!」


あんなキス、こんな余裕のない時にしない欲しい!必死にもういい、と繰り返すとオズロックは愉快だと言わんばかりに私を見下ろして意地悪に笑う。「そういえば名前、お前は寝ろと言ったな」「…言ったけど」「確かに我々には睡眠が必要だ。――三時間」「三時間?……えっ、待って?向こうに行こう!?まさかここで、」「寝るぞ」「無理!無理だってば!ちょっと起きてよオズロック!っ、恥ずかしいんだってばああああ!」


砂糖まみれのキスをください



(2014/06/14)

オズロックさんは速攻寝て、夢主は心臓破裂させそうにしながらも多分三分もしないうちに寝てると思います。徹夜よくしますが私も苦手で次の日死にます。この二人は多分、結局一緒に6時間ぐらいスヤァってしてたと思います。ほのぼのオズロックさん楽しい