恋のキューピッド大作戦!


剣城君は怖い。

ただ単純に、私の中にある剣城京介という存在のイメージは、それだけだった。剣城君は怖い。制服だって改造してるし、一時期はサッカー部の敵だったと空野さんは言う。「でも今は大事な仲間の一人なの!剣城君はすごいんだよ?このあいだだって…」空野さんはとても楽しそうに、委員会の席で隣になった私に剣城君のことを話してくれた。でも私は剣城君がサッカー部で、どんな風にサッカーをしているのか見たことがないし見る機会もなかったからあまり空野さんの言葉が信じられない。

剣城君は怖い。

身長が高いから、私と向かい合ったとき彼は私を見下ろすのだ。目つきが鋭いせいもあって、私は彼に視線を向けられると酷く萎縮してしまう。睨まれでもしようものなら震え上がってしまうし、声が低いからそれも怖くて声を掛けられただけで酷く驚いてしまう。隣の席だからどうしても一日のうちに接する機会があるわけだけど、最近は休み時間になった瞬間にすぐ、トイレに逃げ込むようにしている。剣城君は忘れ物なんてしたことがないし、私に購買でパンを買って来いなんて言ったことはないけど、いつ言われるんじゃないかと私はひやひやしながら毎日を過ごしている。


**


「……以上、苗字さんに剣城君のことを聞いた結果でした」
「うーわ、剣城君すっげー怖がられてるんだな。俺なんて名前に良い人認定されたのに」
「あああ狩屋!そんなこと言っちゃだめだよ!」


呆然とする剣城の目の前で、狩屋と信助が騒ぎ出す。彼女は見た目で判断してるんだよ、と剣城に励ましの声を掛けている輝の言葉には同意をするけれど、でも確かに剣城に刺々しいオーラがあるのは事実なのだ。フォローはしてるつもりなんだけど、と言う葵は立派にキューピッドとしての役割を果たしていると思うよ、俺。


「ええと、剣城?あんまり落ち込まないでよ、ね?」
「……落ち込んでなんか」
「十分落ち込んでるよ剣城君!無理しないで」


輝が剣城の肩を叩いた。駆け寄ってきた信助がどうしよう天馬、と俺を見上げた。正直俺には剣城が報われていないことぐらいしか分からないから苦笑いで誤魔化した。そう、剣城は苗字が好きなのだ。入学する前、総合病院で見かけて笑顔に目を惹かれて、入学した後同じクラスだったと判明したのだとか。葵曰く一目惚れ、らしい。剣城君の一目惚れなんてレアよレア!と嬉しそうにはしゃいだ葵が編み出した作戦が、この俺たちサッカー部一年生による剣城の一目惚れ成就作戦。ちなみに現状、功労者は葵でその他は剣城の慰め役。

多分、剣城と俺以外はみんな乗り気なんだと思う。剣城は結構面倒見がいいから、俺たちに(自分がネタにされていると知っていても)付き合ってくれているんじゃないかなと思っている。俺としては最初からそんなの本人達に任せておけばいいのにと思っていたんだけど……いやあ、まさかだった。随分長く接していたから気がつかなくなっていただけで、剣城の制服は改造制服で、ついでに言うなら目つきも鋭くて、そりゃあ怖がるのも無理はない。

そもそもちらりと見た程度でも、苗字が大人しい子だということは分かるのだ。葵みたいに明るいタイプじゃなくて、かと言って山菜先輩みたいな雰囲気でもなく、当然水鳥さんみたいな性格ではない。もっとこう、控えめな感じがした。そんな彼女に剣城が惚れてしまったのは、ある意味自分にないものを持っていたからかもしれない。秋姉はよく、自分にないものを持っている人に人は惹かれやすいって言っていた。でもその原理なら苗字が本当の剣城を――見た目で判断されている現状を、少し変えるだけで苗字は剣城のことをしっかり見直すんじゃないだろうか。


「…い、おい!天馬君、しっかりしろよ!何ぼーっとしてるんだ」
「え?あ、ああごめん狩屋…それで次は何をするの?」
「とにかく、苗字さんに剣城君が怖くないってことを知ってもらうべきだと思うの!」


葵が握りこぶしを天井に掲げて頑張ろう剣城君!と剣城に向かって笑顔を作る。「あ、ああ…」当の本人はまったく乗り気ではなさそうだけど。――と、そこで俺は輝が窓の外を見つめていることに気がついた。「どうしたの、輝。窓の外に何かあるの?」葵達が二人の会話成立のための作戦を練っている横で、輝の傍に寄って同じ角度で窓の外を見下ろした。瞬間、ひやりとしたものが背筋を駆け上る。


「…………」
「………」
「……天馬君、あれって」
「……うん、かなり、ピンチ…かも」
「っ、て!こうしてる場合じゃないよ天馬君!」
「ああああ本当だ!剣城!剣城こっち!」


ぼんやりとした顔の剣城が顔を上げてなんだ、とぼやいた。うるさいと言わんばかりの顔を無視して輝と二人で剣城に駆け寄り、同時に腕を引っ張って窓際まで連れて行った。放課後の教室、少し茜色のかかったグラウンドの隅。苗字が複数人の、雷門中の生徒ではない明らかにガラの悪そうな学生服の男達に囲まれているその光景。

一瞬で目に光を灯した剣城が俺と輝を振り払って教室を飛び出した。「不謹慎だけど、ねえ天馬君!」「ああ、輝!」剣城ならしっかり間に合うだろう。確信を持った俺たちは二人でハイタッチを交わしてしまう。「最高のチャンスだよ、剣城!」「ここで男を見せれば苗字さんだって見直すよ、剣城君!」輝の目はきらきらと輝いている。多分、俺の目も輝と同じようになっていると思う。二人して揃って窓の外を見下ろすと、苗字が壁際に追い詰められているところだった。一瞬ひやりとしたものが背筋を伝う。

大丈夫かな、と思わず呟くとさっきからどうしたんだよ!とまず狩屋が俺と輝の間に割り込んできた。「あ、私も!」葵が俺の横から無理矢理窓を覗こうとする。「ボクも見たいよ!」信助は小柄な体を活かして、狩屋の頭の上にしがみついて窓を覗き込んだ。そして数秒、現状を理解した三人がおおお!と小さく沸き立つ。

苗字はじりじりと追い詰められていて、多分恐らく泣きかけている。一瞬間に合わないか、と思った次の瞬間には剣城が風景に飛び出していた。やめろ!と響いた声に狩屋が剣城君すっげえかっこいい、と呟いた。まるで今の剣城は少年マンガのヒーローそのもの。


「ちょっと待って天馬!」
「どうしたの信助。今すごく良いとこ、」
「ダメだよあれ!いくら剣城が強くても、相手は四人もいるんだよ!」
「あ、」


「そうだ!ボール!」輝がはっとしたように俺を見た。釣られて振り向くと、いつも練習に使っているボールが教室の棚の上に置いてある。それを咄嗟に投げて寄越したのは一番棚に近かった葵で、俺はひとつ頷いた。「剣城!」ありったけの大声で、グラウンドのヒーローに。


「受け取れーっ!」


投げたサッカーボールは野球部も顔負けのコントロールで綺麗に剣城の足元へと弧を描く。満足そうにこちらを向いて、少し口元を緩めた剣城がデスソードの構えを取った。


恋のキューピッド大作戦!



(2014/04/21)




**


剣城君は怖い。……はず、だったのだけど。


「……よう、苗字」
「…おは、よう。剣城…くん」


あの日、帰る途中に怖い人たちに絡まれてしまった放課後のこと。

必死で逃げてきた学校で、追い詰められてどうにかなりそうだと思っていた私を助けてくれたのは剣城君だった。サッカーボールが、まるで剣みたいに怖い人たちを一刀両断した。逃げていった彼らを追わず、ただ震えることしか出来なかった私に大丈夫か、って手を差し伸べてくれた。その時の剣城君の顔は、なんて言うんだろう。私をとても心配してくれているのがよく分かる、とてもほっとした顔だった。おこがましいのかもしれないけれど、その時とても嬉しかったのだ。

以後、剣城君と私は挨拶を交わすようになった。助けてくれたお礼に、どうかなあと思って調理実習で焼いたクッキーを渡した。狩屋君にからかわれたけど、剣城君が受け取ってありがとうと言ってくれたから、体がふわふわと浮き上がるみたいに幸せな気持ちで包まれた。最近は、ずっと剣城君のことを考えている。この気持ちは一体なんなんだろう?