!大学生


すこしリッチな肉を食べたら胸やけするし、奮発して大トロなんて食おうものなら脂っぽくて赤身のがよかったなあってあとあと悔やんだりもする。とどのつまり庶民の食生活が板についた安い舌なのだ。ええ、ええ、自覚しています。それはもうこんな自分にちょっぴり嫌気がさすほどは。

なにをとっても普通に終わる19年だった。それはきっと俺が死ぬまでずっとつづく、いわば呪いのようなものだ。それなりに勉強してそれなりの大学に合格しそれなりに友達ができてそれなりに忙しくてそれなりに充実した日々をまどかにおくる俺にとって唯ひとつ異端なことがあるのだとしたら、それは間違いなく彼女の存在だろう。むしろそれ以外思い浮かばない。


「しっかし何度みても半田にはもったいない彼女だよねぇ」

某ファミレスにて。まからはじまりけで終わる失礼きわまりない旧友は、自身の携帯の電池カバーに張りつけたプリクラと俺を交互に眺め、皮肉たっぷりにつぶやいた。おい、それ俺たちのプリクラじゃねーか。いつのまに貼っつけたんだよ。そもそもいつあげたっけ? そうつっこむこともできたが、なによりタイムリーな話題であった。ストローで意味もなくグラスの氷をかきまわし、俺は答える。

「そんなこと、自覚してるっつの……」
「あ、そうなの? ならいいんだけどさー」

なにが言いたいんだなにが。ひとを惹きつけておきながらその先を教えないマックスの言動にふりまわされるのはもう慣れた。そしてオブラートにつつまない毒舌なところにも、時間をかけて慣れた。慣れてやった。だっていちいち傷ついてなんかいられないし。しかし今日のマックスは、まだまだこの話題をひっぱるつもりらしい。

「高校のときからだから長いよねー。あのときはほんと、びっくりしたよ。半田があんなかわいい子とつき合うことになるなんてまさに青天の霹靂なわけだし。しかも告白はあっちからでしょ? そこがまたわかんないんだよねぇ……どうしてこんな平凡男になびいたのか」
「わかんねぇよ……そんなこと」

平凡男。ほら、やっぱり他人からしてみても俺に秀でたところはなく、凡庸な大学生としか映らない。だからマックスの言うことはもっともなのだ。どうして彼女が、どこにでても人目につく美麗な容姿の彼女が、高校生活も折り返しにさしかかったある日の放課後、突然廊下で俺を呼び止めて「あなたが好きです」と告げてきたのか。ちなみにそのときの衝撃といったら、アルマゲドンで地球がまっぷたつに割れるような、とはさすがに大袈裟だけども、コーンポタージュを買ったのにおしるこがでてきたときの衝撃よりもはるかうえをいくものであったのは確かだ。いまだにこれは夢なのかと頬をつねってみたりするけど、夢にしてはどうにも長い夢だ。もう大学生活1年目も折り返しにさしかかっているのだから。ずごごーっとのグラスの底に残ったジュースをいきおいよく飲みほしたマックスに俺は言う。

「もうすぐ二年経つんだ」
「へえ。おめでとー。記念日にお祝いとかするの?」
「うーん……とりあえずいつも通り遊びには誘おうと思ってるけど」
「じゃあさ! せっかくなんだし、たまにはいつもと違う感じのデートとかしてあげたら? 毎回毎回似たようなのだと飽きちゃうでしょ」
「いつもと違うっていわれてもなあ……」
「どうせいつも買いもしない服みて、無難な映画みて、マック食べて帰るとかそんな感じなんでしょ」

まるでこれまで俺たちが行ってきた一連のデートプランを冊子にして読みあげているように、マックスはずばずば見事に言い当てた。たやすく当てられたのがなんだか悔しくて、むっつり押し黙る俺をみて、奴はふふんと得意げに笑った。さすがするどい。だてに6年来友達やってるわけじゃないか。それはひとまずとして、確かにせっかくの記念日にいつもと同じってのもなんだかなあと心の隅で思った。マックスに提案されたからってのもしゃくだけど、いつもと違う感じのデートとやらを決行してみることにしようか。まあ、でも。おかわりを注いでくんのに立ち去って行ったマックスの背中に、どこへ行っても彼女は楽しそうなんだけど、という言葉をかけようとした。けれども、余計なことかと踏みとどまって言わないでおいた。なんとなく。



街の雑踏のなかでも際立って目をひく子がいた。通りすがるかたわら何人かの男が「あの子、かわいかったなー」とやらしい顔してこそこそ言い合っていた。まあ、その子俺の彼女なんですけど。つり合ってないのは重々承知してるからいっそふっきれて、これ見よがしに手をふって名前を呼んだ。

「しんちゃんっ!」

子どもみたいに息せききらして駆け寄ってくる彼女はほんとにかわいらしい。そんなかわいらしい彼女に、俺は夜更かししてたてたとっておきのデートプランを述べていった。まずはじめに巷で話題の高級フレンチの店でランチとしゃれこむ。その店の名前をだすと、彼女の目はまんまるに輝いた。

「えーっ! あの有名なお店でご飯たべるの?! すごいよしんちゃん! あ、でも、大丈夫? あそこっていますごい人気だから予約しないとはいれないって……」
「ふっふっふー。そこはご心配なく。ちゃんと予約してるからさ」

その言葉に彼女はいっそうはしゃいでいた。きまった。たまにはかっこつけるのもありだな。この日のためにバイトめちゃくちゃいれたとか、付け焼刃でPC駆使して調べまくったとか、そういうかっこ悪いことは俺だけの秘密にしてればいい。腕をくんで歩きだした足取りはなんだかいつもより軽やかだった。


「ごめんっ!」

顔の前で手をあわせ、必死の思いで謝ると、「いいよもー。ひさびさにマック食べたいと思ってたし」と、口をもごもごさせながら彼女はまったく気にしている気ぶりをみせずに笑顔で言った。どうして急に高級フレンチから学生の味方いつものマックへ転身したのか。これには深いわけがある。あの後フレンチ店に出向いたまではよかったんだ。だがしかし待ち構えていたウェイターは名前を名乗ると予約表と俺たちを交互にみて神妙な顔で「半田様という名前の方の予約は承っておりません」といったのだ。たしかに予約したと食い下がっても「申し訳ございません」の一点張りで、それはそれは丁重に門前払いされてしまった。あれだけ得意げに言っていたくせに店にすら入れなくて、彼女の前で赤っ恥かいて、しかもせっかく期待満面についてきてくれたのに、ああもうこの申し訳なさったらない。しばらくまともに顔をみれないどころかマックに着くまで会話すらなかった。この失敗はひとまず忘れて次こそ挽回してみせる! 食事を終え外にでてから、意気ごみだけは一丁前に、俺は次に行くつもりの場所を提案した。それは想像を絶するこわさで定評のある絶叫マシンで有名な遊園地だった。きっと彼女は喜んでくれるだろうと思っていたのだけど、予想に反してそこの名前をだした瞬間、彼女はめずらしいものでもみるような訝しげな目つきでしげしげと俺をみた。

「遊園地って、どうして?」
「どうしてって……たまにはイイかなーって思ってさ」
「でもしんちゃん、絶叫系はマジで無理ってランドいったとき散々言ってたじゃん」
「うっ……」
「きっと行ってもなにも楽しめないと思うよ」

それもそうだった。これまで散々絶叫系のアトラクションに乗るのを渋ってきた俺が、自ら絶叫系で有名なところにいこうなんて自殺行為もいいとこだろっていまさらながら思い知る。彼女を喜ばせることだけに頭が集中して、いろいろなことがすっぽぬけていたらしい。だけど、ここで行かなきゃいつも通りのデートで終わってしまう。記念日なのにつまらないって笑顔のしたで思ってるんじゃないか? 言葉につまって足元に目を伏せる。するとぽつんぽつんとちいさな水のあとが増えはじめていることに気がついた。直後ぶしゃあああと叩きつけるような雨が降ってきた。突然おそったゲリラ豪雨に周囲の人びとは次々に軒下へと駆けこんでいく。完全に出遅れてぼうぜんと雨に打ちさらされた俺たちは、無言でうなづきあい近場のカフェの軒下をめざして手をつないで走りだした。

「ひっでー雨」
「ねー」

せっかく今日は髪に気合入れたのに、ぐしゃぐしゃのべちゃべちゃになって一気に気分が下降した。彼女はせっせともっていたハンカチで髪や鞄の水けをとっている。排水溝にざあざあのまれていく雨水をながめつつ、俺は気づかれないよう溜息をはいた。せっかくの記念日だってのに、予約は承ってないだゲリラ豪雨だ、とんだ厄日だ。これはあれか、身の程をわきまえろよと嘲笑った神さまが与えた試練なのか。上等だ、うけてたとうじゃないか。なんて大言壮語をはくほど身の程をわきまえてないわけじゃない。ふたりの間にかかる微妙な距離感を、店のなかから流れでたBGMが我が物顔で歩いている。沈黙に耐えきれなくなって、髪の毛が真横にちらばる勢いで頭を下げた。

「今日1日ほんっとごめん!」
「どうして謝るの?……やっぱり今日のしんちゃん、変。無理してる」
「……」
「いつもは見向きもしない高そうなお店でご飯食べようとか、絶叫系乗れないくせに遊園地にいこうとか、普段は全然いわないことばっかりいって」
「それは……あれだよ! 今日でつき合って2年経つからさ!」
「嘘。誰かに入れ知恵されたんでしょ。さしずめマックスくんあたりかな」

みごとに的を射た尋問にうぐっと押し黙ると、彼女はふふふと得意満面な笑みをみせた。その直後、鼻をぴっとつままれた。いきなりのことでくぐもった情けない声をもらした俺に、彼女はすこし怒ったようなあきれたような顔を突き合わせた。

「背伸びしなくていいよ。わたしは昔もいまも、そのままの真一がすき」

そう言って、つまんだ鼻から指を離して今度はすこし背伸びをし、彼女は俺の肩に手をおいた。その目はちょっと目を閉じていて、と秘密裏に催促していた。ゆっくりと瞼を閉じる。彼女の息づかいが余韻として漂い、それから感触として伝わった。すこし冷えた唇はいつもと変わらないあたたかさとやわっこさをもっていて、それが消えることのない現実味をあたえてくれた。ゆっくりと瞼を開く。満面の笑みがそこにあった。

「帰ろっか」
「……うん」

いつのまにか豪雨はやんで、暗雲の隙間からこうこうと差したひかりがまばゆく俺たちにふり注いでいた。


結局のところ。と、繋いだ手を上下に意味もなくぶんぶんふって楽しそうに歩く彼女の横顔を盗み見ながら、俺はみょうに腑に落ちてしまう。こういう平凡なのが一番しあわせなんじゃないのかなって。ただもう君と一緒にいるだけで成り立つものなんじゃないのかなって。それはけして負け惜しみなんかではなく、漠然とした身に余る幸福として、しみじみと心にしみわたるのだ。


そりゃ
好き だから


Song by RADWIMPS

ガゼルと少年 提出

20111215
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