NON

館は暗くて、かすかに明かりが灯っているだけだった。
薄暗く、肌寒い長い廊下を名前は進んだ。
すでにここは美術館などではない、危険だ、と脳内では警報がなっていたのだが、なぜか足を止め引き返すことができなかった。
頭ではわかっているのだが、体がいうことをきかない。


「だ、だれかーいませんかー」


あまりに人の気配がないので暗闇に向かって話しかけてみる。
しかし返ってくるのは静寂だ。
しばらく進むと、階段があり、上の方は暗くてぼんやりとしていた。
さっきまで止まりたくても止まらなかった体が急に硬直する。


「……?だ、だれかいるの?」

「……ようこそ、君は日本人か」


低い声がすぐ耳元で聞こえた。いや、物理的にはすぐそばにいるわけではない。やけに鼓膜に直接響いてくるような声だった。
名前がゆっくり顔を上げると、薄暗い階段の上にぼんやりと人影が見える。ほんとうに人だろうか、と名前はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「日本人で、旅行に来てるんです。あなたのお家ですか?」

「……あぁ」

「すみません勝手に入っちゃって……なんか体が勝手に……」

「構わん」


男だろうか、輪郭はぼんやりとしていて体格も声も男だが、どこか妖艶さも感じられた。
男の刺すような視線が突き刺さり、名前は逃げ出したかったがやはり体はいうこときかない。


「わたしが怖いか?」

「へ?あーまぁ、よく見えないし」

「フフ……恐れることはない、友達になろう」


男は楽しそうに捕食者の目をギラつかせて言う。
いつもはこれで相手が萎縮しきってしまう。あとは餌にするだけだ。


「いいですよ」

「……は?」

「外国の友達ってあんまりできないから欲しかったんですよねー」


さっきまでの緊張が嘘のように名前は笑う。
どうやら、友達という単語で彼女の警戒心は消え去ってしまったようだ。
予想外の反応に、今度は男が固まった。


「わたし名前っていいます!あなたは?」

「……DIO」

「DIOさん!」


よろしくおねがいします!なんて、邪気のない笑顔でよろしくされてしまった誰もが畏れるはずの吸血鬼は、この日一人の友人を得た。


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