「俺の部屋は掃除してくれないんですか?」
 朝食の鮭の身をほぐしていると、同じく鮭の身をほぐしながら藤ヶ谷さんが少し不満気そう言った。
 本格的に共同生活が始まってから今日でちょうど一週間。リビング、ダイニング、キッチン、トイレ、私が間借りしている部屋は掃除や管理をしていたが、唯一していなかったのが藤ヶ谷さんの部屋だ。
 特にあそこには触れるなとか、この部屋には入るななんて事は言われていなかったし、寧ろ好きにしてと言われていたのだが、どうもあの部屋は入りづらい。
 だって、完全にプライベートな場所じゃないか。いやまあ、ここは藤ヶ谷さんの家だしどこもかしこもプライベートな場所には変わらないのだがその中でもダントツだろう。
 見られた嫌な物とかもあるだろうし、藤ヶ谷さんに何か言われない限りあの部屋には入らないでおこうと思っていた。
 思っていたのだが、とうとうその日が来てしまったらしい。
「掃除してもいいんですか?」
「してほしいです」
「藤ヶ谷さんが見られたら嫌なものとかありません?」
「そういうのは名字さんが来る前に処分しておきました」
「……えーっと」
「冗談ですよ。無いです、何も。だからお願いします」
「早速今日やっておきます」
「ありがとうございます」
 食事が終わり、片づけを済ませ、藤ヶ谷さんを見送り、本格的に家事を始める。
 隣人の頃から不規則な生活をおくっている人だなとは思っていたが、実際一緒に住んでみると想像以上に不規則で驚いた。
 食事の準備もあるので何時に家を出て何時に帰ってくるのか、ご飯は家で食べるのか外で食べて来るのかは連絡が入ったり口頭で聞いたりするのだが、聞けば聞くほど滅茶苦茶なスケジュールだなとびっくりする。
 手探りながら始まったこの生活もそれなりに上手くいっていると思う。

 粗方の掃除が終わり、最後は藤ヶ谷さんの部屋だ。意を決して部屋に入った。
 14畳の部屋で一番目を惹くのは大きなベッドだった。恐らくクイーンサイズぐらいだろう。
 ざっと部屋を見渡して、あとの大きいものといえばテレビとパソコンぐらいで、シンプルで片付いた部屋だった。
 シーツを外し、外したシーツは洗濯機へ放り込んで布団はベランダに干す。今日は良い天気だからちょうど良かった。
 掃除機を持って再び藤ヶ谷さんの部屋に戻り、隅々までくまなくかける。ベッドの下に差し掛かった所で掃除機の先端に何かにぶつかって崩れる音がした。
 恐らく何かを積み上げていたのだろう。なんだかとても嫌な予感がする。完全なる偏見だが、男性の部屋のベッドの下というのは何というか、そういうものがあるというイメージがある。
 でも藤ヶ谷さんはやましいものは無いと言っていた。崩してしまったものは元に戻さないといけないし、なにより壊していたら大変だ。
 少し緊張しながらベッドの下に手を伸ばして、散らばってしまったもののうちの一つを掴んだ。手の感触的にこれは多分DVDだ。一気にそういうものの確率が上がってしまった。
 でもまだ掴んだだけで見ていない。見ていないからDVDかも知れないし、DVDじゃないかも知れない。今のままでは完全なる憶測だ。
 深呼吸をして一気にベッドの下から手を抜き、掴んだものを見るとそれは確かにDVDだったが私が想像していたDVDではなく、雰囲気的に何かのライブDVDだった。
 安心して胸をなで下ろし、もう一度ベッドの下に手を伸ばして今度はいくつか同時に手に取ってみたがやはりどれもライブDVDで、次々に回収していくと次はCDが出て来た。
 そのCDのパッケージを見て私は驚愕した。中央に私の良く知る、というかここの家主で私の雇い主の藤ヶ谷さんがいたからだ。
 びっくりしてベッドの下から回収したものを見渡すとどのパッケージにもKis-My-Ft2という文字が入っている。
「きすまい、ふっとつー……?」
 聞いた事はある。
 Kis-My-Ft2、略してキスマイ。ジャニーズのグループだ。でも誰ひとりとして顔と名前は一致しないし何も分からない。
 私がいま分かるのはKis-My-Ft2と書かれたCDやDVDに藤ヶ谷さんの顔があるという事。
「……嘘でしょ?」
 ははは、と乾いた笑いが部屋に響いた。


 なんかもう、AVのほうが良かった。
 DVDを再生すると、そこにはまごうことなき藤ヶ谷さんがいて沢山の歓声を受けていた。同時にネットで彼の名前を検索すると数えきれない程のページや画像が出て来る。
 知らなかったといえども、私はアイドルと一つ屋根の下で暮らしていたというのか。
 とてつもない罪悪感に苛まれる。
 藤ヶ谷さんにはファンが沢山いて、その人たちがこの状況を知ったらどう思うだろうか。何かのきっかけでバレたとき、彼の立場はどうなるのだろうか。私たちは恋愛関係では無いし、本当に何も無いのだがそれを世間は信用してはくれないだろう。最悪の状況が容易く想像できた。
 取りあえず、彼と話をしよう。早急に。今日は20時頃には帰って来ると言っていた。今日中に話を付けなければ。
 サービス業の社長だって言ってたじゃないか。嘘つきめ。


「ただいま」
「おかえりなさい」
 言葉通り、藤ヶ谷さんは20時を少し過ぎた頃に帰って来た。いつもならここですぐテーブルにご飯の準備をし始めるのだが今日は状況が違う。
「お話があります」
「はい」
「私、ここを出て行きますね」
「仕事と済む場所、見付かったんですか?」
「まだですけど……」
「じゃあどうして? 何かありました?」
「大アリです! だって藤ヶ谷さん、ジャニーズなんでしょ?!」
「あ、バレました?」
 軽い。そんなあっさりしたものなのかとびっくりする。
「ベッドの下からDVDとCDが出てきました」
「あー、取りあえずそこに隠してたんだ。後でちゃんと隠そうと思って忘れてた」
「隠してたんですか?」
「だって、俺のこと知らなかったでしょ?」
「すいません……、私、アイドルとかそういうのに疎くて」
「全然良いんですよ。俺も頑張らなきゃなって思えたし。それに、知らないほうがフラットに接してくれるでしょ? それが凄く楽だったし」
「でも知ってしまった以上、ここにはいられません」
「どうしても無理ですか? 引き留めてもダメですか?」
 その言葉に心底驚いた。私が出て行ったって藤ヶ谷さんは元の生活に戻るだけで大したデメリットも無いはずだ。むしろ私といたほうが食費も光熱費も増えるし、給料も払わないといけない。それにリスクが大きすぎるのだ。
 だからすぐに話が終わると思ってたのに彼は私を引き留めようというのか。
「そりゃあ、私は凄く助かってます。だけど藤ヶ谷さんの立場でこの状況は良くないと思います」
「でも俺、名字さんいないと困るんですけど」
「え?」
「起きたらご飯が用意してあって、帰って来たらお風呂とご飯が用意してある。しかも美味しいし。部屋は常に綺麗だし、洗濯物だってちゃんと俺好みに畳んでおいてくれてるでしょ? こんな状況実家にいた時以来ですよ。心地良くて仕方ないんです」
 真っ直ぐに私の目を見て真摯に言葉を紡ぐ藤ヶ谷さんに固めていた決心が徐々に溶け出していくのが分かった。私はこんなにも意志が弱かっただろうか。
 違う。弱くなってしまったのだ。男に捨てられた今、私はきっと誰かに必要とされたいのだろう。
「だから俺、名字さんがいないと困ります。凄く」
トドメを刺されたのが分かった。
「うー……」
 思わずうめき声をあげて頭を抱えた。きっと彼は私の精神状況を分かっているのだろう。困った様に笑っている。
「ダメですか?」
「ずるい人ですね」
「それは肯定と受けっとてもいいですか?」
「あーもうほんとずるい」
「引き続きよろしくお願いします」
笑顔で差し出された手を、力なく握り返した。

 あの後、一緒にご飯を食べてそれぞれお風呂に入り、それぞれ思い思いに過ごす。今日やるべきことが終わったので藤ヶ谷さんの了承を得てベッドの下にあったDVDとCDを借りた。
 寝る前に少し見ようと自分の部屋に戻り、ディスクを挿入する。
 昼間も見たがあの時はパニックであまり内容を覚えていないのだ。
「凄いなあ」
 宙を舞っていたかと思ったら、ローラースケートで走り回ったり、キャッチーな曲が終わったらセクシーでかっこいい曲が始まったり。アイドルなのにコントまでするのかと驚いた。幅の広さとポテンシャル、自分たちの魅せ方、全てに圧倒される。
 いつの間にかDVDに入っていた冊子を片手に真剣に画面を見ていた。そうするとメンバーの名前と顔が徐々に一致するようになって来る。
 アイドルになんか全く興味がなかったし、これからも興味が沸く事なんて一生無いと思っていた。昨日まで。
 勿論、最初のきっかけは藤ヶ谷さんがいるからというのが大きいが、それを抜いてもこの魅力的なグループをもっと知りたいと思い色々検索して調べれば調べるほど好きになった。
 翌日、私は買い物の前に郵便局に寄って人生で初めてファンクラブというものに入った。勿論藤ヶ谷さんには内緒だ。
 そして夕飯。内緒にされた仕返しにオムライスにケチャップで「たいぴーハート作って」と書いてみた。
 どんな反応をするのだろうと意地悪な気落ちでわくわくしていたら、少し驚いた表情の後にすぐにとびきりの笑顔に切り替えて手でハートを作ってくれた。
 本当にずるい人だ。一枚も二枚も上手で敵わない。






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