カーテンが光を遮る

すっかり暗がりに慣れた自分の目は、現実逃避を許してはくれなかった



うっすらと滲んだ熱を逃がす為に寝返りをうつ

少し力の衰えた足が布の冷たさを求めてたどり着いたのは、少し前まで隣にあった体温の残滓だった

(…いや、いや、私をしばらないで、)


幾らか前まで愛おしくて仕方なかったそれに、今は何の喜びも感じることが出来ない

それに触れた足を厭うようにシーツに滑らせながら、見えもしないそれを擦り付け取り払うようにして、また反対側に寝返りをうった


自分の現在地の5歩先で固定電話が鳴る。今の自分には残酷なくらい遠い距離だ。

ディスプレイには、勘の良い友人の名前が表示されていた

(話し、たいなあ)


最近言葉を交わすのは、彼と彼のいない間に食事を持ってきたりなんだりする栗毛の彼だけだ


久しく友人達と連絡を取っていないし、そもそも外界の様子が分からないのだ

今の季節も、時事も、あの時から何度夜が明けたのかも、全部、分からない

今時間はどのくらいの速さで流れているのだろう


刻々と時間を刻んでいたアナログ時計は、私がここに来たと同時に、私の見えない所でデジタル時計になったから


(分からない、なにもなにもなにもかも)


かみさまの思惑も、人の心も、彼の思考も、自分の感情さえも

あと何度自分は彼の名を呼んで、
あと何度彼は自分の名を呼んで、
あと何度自分は彼に笑って、
あと何度彼は自分を抱くのか



全身が気怠いなんて感じるのは今では当たり前
涙なんて二回前のあの時に枯れてしまったし、自己主張を忘れた声は随分弱ったものになった

何もない暗いこの部屋は、面白いくらいに今の自分にそっくりだと思う


(……疲れたよ、もう)


今自分に残っていることをかき集めてただひとつ分かるのは、自分がこう思っていることくらいだった



そして自ずと辿り着く答えもひとつだけだった


(…どうやって死のう)

困った。残念ながら自分の半径1m内にあるのはベッドの上の布くらいだ

だが、唯一あるそれで首を吊るような体力はのこっていなかった


となると、思い付くのはコストも手間もかからないあれだけだ

原始的な自害はお世辞にも綺麗なものとは言えないが、この際致し方ないだろう

今日はまだ栗毛のあの人は来てないから、きっと汚い死体に成り果ててもこの身体は傷む前に見つけてもらえるはずだ




唯一の選択肢の是非に少しの時間だけ悩んで、それから遺書の代わりに、と少しだけ思惟する


あの頃はすごくすごく幸せだった


名前を呼ばれるのも
頭を撫でられるのも
柔らかい橙色の髪も
夕陽に映える笑顔も

彼の全てが愛しくて幸せで

あれだけ煩わしいと思ってた心音も心地好いくらいだった


あれは全て夢だったというのか

陳腐で浅ましい夢だったというのか


少しずつずれていくベクトルを無視しなければ違う道もあったのだろうか

そうしていれば、自分はまだ彼を愛していたのだろうか


(そんなこと今更、愚問だ)


きっと彼は私が死んでからも同じことを繰り返すのだろう

それが、境界線を越えた先にある彼の本質だから

だからこれは考えるだけ無駄なんだ。このくらいが妥当なのだと思う


がりり、

(…ああ、いたい、くるしい、)


あと少し、最期は何を考えようか

(…みんなの別れの挨拶はどうしよう)


人の骸を最初に見つけるだろう栗毛の彼には憐れみを、また私と同じような運命を辿る誰かには同情を、至愛を誓ったかつての想い人には…ええと、何にしよう

そう考えながら近づく終わりに身を委ねた




鳥篭からさようなら






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