「…終わらない」

「頑張れよ、もう少しじゃねーか」

「このあと数センチが長いんだよ…」

「お前裁縫苦手なのか?」

「裁縫は好きだけど刺繍は向いてないの。ちかはどんくらい進んだ?」

「俺か?ほら、こんくらい」

「どれ……か、可愛い!細かい!どしたのちか!さすが姫若子!」

「ひめっ……毛利の野郎か、また余計な事言いやがって……!」




夏休み真っ只中の被服室、この時期には使われない教室に、今日は2つの人影があった

特別教室特有の広い机には、裁縫道具と布きれ、それに色とりどりの刺繍糸が散らばっている



風を入れるために開けた窓からは、蝉の声に混じって野球部やサッカー部の元気な声が聞こえてくる


確か、今日の最高気温は34℃だ

こんなあっちいのによくやるよな…などと元親が思っていると、時折、風に乗って教室から少し距離のある剣道場からの音も聞こえてきた


竹刀と竹刀のぶつかる音や、気合いの入った掛け声が聞こえる…そしてその度に、隣にいるいろはの肩が、ぴく、と反応する

(…分かりやすい奴)



「そんなに気になるんなら部活行ってこいよ」

「行きたいけど、これ完成させなきゃ行けないんだって」


そもそも2人が貴重な夏休みを返上して被服室に篭っているのも、全ては刺繍を施した作品作り、という何ともピンポイントな家庭科の夏課題を片付けるためだった



「だから俺がやっといてやるって言ってるだろ?」

「ちかちゃんの刺繍スキル半端ないから、一発でばれちゃうじゃん」

「そんな大層なもんじゃねーよ」

「大層だよ…そんな立派にグラデーションまでして可愛いうさちゃん作る人なんて、女子でも滅多にいない」


いろはが遠い目をして元親の手元にあるものを見る

それもそうだ。いろはがクジラを刺繍で縁取ったシンプルなランチョンマットを作っている傍らで、元親は市販のアップリケのような立派なうさちゃんの刺繍をした弁当袋を作っている。

高校男子でこんなハイレベルな裁縫をする人間なんて滅多にお目にかかれるもんじゃない。しかも作り慣れているからか、やたら作業が早いのだ。

極めつけは元親の作品はコンクールの常連で、あのまつ先生もその腕を認めていているということ。…これは本物だろう。


「そんなもんかねぇ」

「そんなもんだよ…自信持ったら?姫若子ちゃん?」

「それで呼ぶなっつの」

「いいじゃん可愛いよ」

「…勘弁してくれ」



楽しそうにいろはが笑う

この向日葵みたいな笑顔が俺は好きだ

この笑顔が惹きつけるのは俺だけじゃないらしい。現に彼女の周りにはいつも多くの友人で溢れているのだ。もちろん男女問わず。

楽しそうでなによりだと思う。野郎がいろはの周りにたかるのには許せないものがあるが、そういう時には俺も行って話に混ざるし(後でシメる奴の顔を覚えるために)、あまりにひどけりゃ見せ付けてやりゃあいいだけだ(それを実行しないのはいろはが怒って後が恐いからとかじゃない。絶対。)



ふと、机を見渡すと使わなかったフェルトや刺繍糸、ボタンなどが散乱している

それを見てまたいろはを見る。いろははまだクジラと格闘していた。

あの調子じゃまだしばらくかかりそうだ

俺の方はもう終わったし、ちょっくら暇潰しがてら何か作ってみようか



***


「っあー、できたー!」

「お疲れさん」

「待っててくれてありがとう」

「ジュースでいいぜ?」

「ひどい。彼女からたからないでよ」

「冗談だよ。帰りにアイス食おうぜ」

「うん!…あ、そーいやさっき何か作ってたの?」

「ん?ああ、ちょっと時間が余ったからよぉ」



ほらよ、と に飛んできたものを見ると可愛らしい色の布と刺繍糸、カラフルなボタンはアクセントになっていてセンスがいいと思う。刺繍糸でできた文字には

「…御、守……?」

「来週だろ?全国大会」


華奢な容姿からはわかりにくいが、いろはは有名な剣道の選手だったりする。うちの学校は女子部員が少ないから、練習では幸村達と竹刀を交えるらしい

確かに幸村も名の知れた選手だから、あいつと練習するのはいい練習になるだろう

そんなこんなでこの夏、いろはが大将を務める女子剣道部は規定人数ぎりぎりで全国大会出場を決めたのだ



「…覚えてたの?」

「忘れねーよ。泊まりがけでいくんだろ?」

「遠いからねー」

「だろ?だからよ、寂しかったらそれを俺だと思え」

「…ふっ……あははっ!恥ずかしい!ちか恥ずかしい!!」

「ばっ、馬鹿っ!人の精一杯の言葉を」

「あはははっ!」

「いつまで笑ってんだ!」

「ご、ごめっ、……ツボった…」






「…収まったか?」

「おかげさまで。てか、やっぱり考えることが乙女だね。ちかって」

「うるせえよ。…とにかく怪我だけはすんなよ」

「…うん。ありがと」

「何かあったらいつでも電話してこいよ?」

「じゃあ結果報告のついでに電話するよ」

「ああ。楽しみにしとくよ」

「ちかちゃんも寂しくなったらいつでも電話してきていいからね」




「……それ俺の台詞じゃねーの?」

「いーや絶対ちかちゃんの方が先に寂しくなるよ」

「そ、そんなことねーよ!」




ほら、また、君を。



(なぁ、どうしよういろはから電話来ないんだけど)
(いろはも忙しいのであろう)
(気になるんなら電話しちゃえばいーじゃん)
(なんか負けな気がする)
(そんな思考をしておるからいろはも面白がっておるのではないか)
(あー…言えてる。俺様昨日いろはちゃんと普通にメールしたし)
(?!!)
(恋しいのなら貴様から電話すればよかろう)
(………でも…)
(あはー。これじゃいろはちゃんの方がよっぽど男前だねぇ)
(だから貴様は姫若子だというのだ)




***

元親が恐ろしくヘタレな件について。


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