※佐助死ネタ
"最期はさ、人間らしく死んでみてよ"
随分前に人間らしさを故郷に置いてきた彼に言ったことがあった。
それは戦も一息ついた卯月の終わりのことで、じめじめとし始めた空気と、夜になるとどこからともなく聞こえる蛙の声が梅雨が近いことを知らせていた
常日頃、忍は飛び道具、感情なんてあっちゃ駄目なんていう癖に、佐助は忍隊の奴の中じゃ1番人間らしくべらべらと話し、へらへらとよく笑う
おまけに武田の館の管理から主の世話までとにかく何でもやってのけるもんだから、武田家のおかんなんて呼ばれる始末だ。彼は説得力なるものも郷に置いてきたのだろうか。
(とことん、忍べてない)
そんな彼が実は真田忍隊の長だったりするのだから、人間というのは分からなくなる
でも、人間らしいと言っても、そこら辺の人間と同じなのかと言われるとやはり違うのだ。
戦場を駆け、武具を奮う時の顔を見ていると やっぱり忍は飛び道具なのかと思うし、敵の忍を捕まえて、拷問をしてるときの様を見ていると、やっぱり彼は感情なんてとうの昔になくしてしまったのかと思う
だけどその二面性は、どちらかに傾倒しないようそうあろうとしているだけなんじゃないか、という仮説も導く訳で、私はいよいよ何が何なのか本気で分からなくなるのだ
ただ、返り血を浴びながら淡々とした様子で敵を斬る様は忍としては見習うところが多いのは確かだ
だけどそんな時の佐助の目を見ているとなぜだか無性に泣きたくなるから、私としては前者が彼の本質であってほしいと願うのである
だからあの時もうこれっきりの我が儘だから、と言って佐助にせがんだのだ
どちらが佐助にとっての本質でも構わない。忍としての誇りと意義を見失うことになるとしても構わない。
これがいかに自分勝手な望みかということも分かっている。でもどんなに利己的思考だと言われても、佐助には"自分は人間だ"って笑って逝ってほしい。そう思った。
もちろん、真田様の背中とその忍隊を背負った彼には「はあ?何言ってんの」と一蹴された訳で
最終的に「ほんとおめでたい奴」と呆れたようにひとつ笑って、私の頭を軽く叩いて、戦の準備に戻って、…その話は終わった筈だった
(なのに、どうして…?)
月日は少し進み、あの会話をしたこと自体を忘れ始めた頃だった。
でくのぼうみたいに立ち尽くす自分から、冷たい大粒の雨が容赦なく身体の熱を攫う
季節は本格的な梅雨となっていた
「長、何で…?」
目の前には先刻まで真田様と共に戦っていた筈の彼がいて、いつものように私を叱咤するのを忘れたかのように、私がさっきまでいた場所に横たわり、私が受ける筈だった刀傷でその身を染めていた
"庇われた"
その5文字を導くのにひどく時間がかかった。ありえない、あってはいけないことなのだ。
でもそう気付いた瞬間、先程から気が狂いそうなほどに喧しかった戦場の喧騒が、ここだけ空間から切り離されたように何も聞こえなくなったのだけはすぐに分かった
(ばっ、かじゃないの)
道具と呼ばれる忍を庇う忍がどこにいるというのだ。しかもそれを真田の懐刀とまで呼ばれる奴がやってのけたなんて、だれが信じるだろうか。
べちゃり、崩れ落ちるように彼の傍に腰をおろす
さっき気配のある敵は全部殺したから、しばらくの間はきっと敵も味方も来ないだろう
となると、もう目の前の男のことしか考えられなくなった
(うそだ、こんなの…)
ただ庇うことだけを考えて飛び込んだのだろうその身体は、ろくに受け身を取ることもままならず斬撃をまともに受けたらしい
雨と共に足元に染み込んでいく出血は、どうみても致死量だ。
慌てて雨水に染み込もうとするそれを掬い上げる。
人を生かしも殺しもするそれは、容赦なく降り注ぐ雨水に薄まり、一緒に掬った土に混じってすぐに分からなくなった
「ど、…して?」
「だって、今庇わなかったらいろはが死んでたじゃん」
「それに逆らう必要なんてなかったのに」
「なんで?」
「力亡き者が滅び、有る者が生き残るのが戦の理でしょう」
口が渇いて上手く言葉が出てこない。ああどうしてこの心臓はこんなに煩いのだろう。
「何言ってるの?命って平等なんだよ?」
「それをあなたが言いますか」
「いいじゃん。それに、いろはの為にそんな死に方ができるんなら、それも悪くないって思ったんだよ」
「ちょっと、こんな時に何言って…」
「こんな時だからだよ。前に約束したでしょ?」
「…は」
「人間らしく死ぬって」
「そんなことのために」
「憧れるじゃん。俺だって死に方くらい夢、もちたいなって。傲慢って言われてもいいからって。尤も、それすら持てないのが忍なんだけど。でもいろはが言うなら、叶えたいな、って思うじゃん」
「だから、最期に忍をやめるの?」
「頼むよ。俺からの最期の我が儘だと思って赦して?」
そう言って笑って、あとはそれでおわりだった
ゆっくりゆっくり冷たくなって、筋肉は弛緩して頬が緩む。彼を抱えあげた指の隙間から滴る赤を除けば、それはあまりにも人間らしい死に方だと思った
優しくて残酷なまでに幸せそうなそれは、なるほどどうして忍に情を持たせることを拒んだのか。分かったような気がした。
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