着信が、来た! 着信を知らせるオールマイトの声が聞こえ、なまえはスマホへ手を伸ばした。画面には『麗日さん』の文字が浮かんでおり、つい笑みを浮かべてしまう。通話するのほうへ指をスワイプさせ耳に近づければ「あ、出た! もしもーしっ」と元気な声を上げてくれた。


「麗日さん、どうかした? 電話なんて珍しいね」
「部屋まで行こうかなって思ったんだけど、急ぎじゃないからいいかなって。今日見せた私の雑誌、なまえの鞄の中に紛れてないかな?」
「えっ、ごめん……!」


麗日の言う雑誌とは昼休み一緒になって読んでいたもののことだろう。リュックの中を確認してみればたしかに教科書の間に挟まっていて、そういえばチャイムが鳴ったとき慌ててしまったことを思い出した。


「今から部屋届ける……?」
「いいよいいよ! 急ぎじゃなかったし、読みたいわけでもないし! どこ行ったか気になっただけだから」
「じゃあ、明日持ってくよ。ごめんね……」
「気にしないでってばー」


電話の口実ができてよかったよ、なんておちゃらけて言ってくれる麗日に救われた気がする。礼を伝えようと口を開けた瞬間、首元をざらついた何かが這い悲鳴に近い声を上げてしまった。電話口の彼女にはそれが聞こえてしまったようで心配したように「大丈夫?」と問いかけてくる。


「自分が置いた荷物、む、虫と見間違えちゃって」
「そうなん? なんもないならよかった」
「う、うん……っ」


嘘をついてしまったことに罪悪感を感じながらも、なまえは未だに続く首元の感触にぎゅっと目を閉じる。このままではいけない。なまえは心の中で謝罪をしつつ半ば強引に「また明日ね」と電話を終わらせた。不思議そうな麗日の声を耳にしつつスマホを置いたなまえがぷくりと頬を膨らませる。目線の先にいるのは、電話する前からそばにいた轟だ。


「すぐこういうことする……もう」
「? 怒ってもかわいいだけだぞ」
「う……は、はなれてー!」


流されてしまいそうになり慌てて後ろから抱きしめていた轟を引きはがす。首元を這ったものの正体はやはり轟の舌だったようだ。

付き合ってはいるものの、学校内では中々一緒にいる時間が取れない。そのためせめて寮の部屋では、ということで、ばれない程度に時折こうして一緒に過ごすことがあった。今日もその日でいつものようになまえに寄り添っていたため、まさか電話の邪魔をしてくるとは思わなかった。どうやら二人きりのときに電話はアウト判定らしい。


「言い訳に虫はねえだろ」
「咄嗟に出てきた誤魔化し方がそれだったんだもん……」


一度引き離したはずの轟が再度後ろから抱きしめてくる。まあ、もう引き離す理由はないので大人しくされるがままにしていれば、轟がすり……と右耳を指先で撫でてきた。


「っふ、あはは、くすぐったいよ轟くん」
「……わりぃ」
「ううん。なに?」
「俺以外の声聞くならいらねえかなって思った」


普通に怖いことを言うなぁ。


「でもなくなったら轟くんの声聞けなくなっちゃうし……ちょっと困るかも」
「……ん。我慢する」


耳から指が離れ、お腹に回った轟の腕に自分の手をそっと置く。我慢する、と言った声色は納得していないのが丸わかりだった。


「私が轟くんの声聞けなくなっちゃってもいいの?」
「まあ、それでなまえがどこにも行かねえなら、別に」


轟がちらりと視線を動かした先にあるのはなまえの足だ。いつもの彼の思考回路から考えて、足もいらないのでは? などと考えていそうである。正解している気しかしない。


「どこにもいかないってば。もう少し安心してくれていいよ」
「わかってはいる、んだけどな」
「ちゃんと轟くんが好きだよ」
「俺だけか」
「うん。轟くんだけ」


轟の瞳が閉じられ、なまえは笑いながら好きを連呼する。盲目的に愛されているとしか思えていない時点で、なまえも轟の愛に染まっていた。


「轟くんは? 私だけ?」
「……ああ。なまえしかいらない」



どこにもない柩の匂い



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