例えば、相澤が来たら音もなく秒で着席するだとか。爆豪には基本的に塩対応でもいいだとか。八百万の淹れる紅茶は美味しいだとか。周知の事実というものは多く存在する。


「あ……おはようございます、オールマイト!」
「うんおはよう。元気だね」
「朝からオールマイトに会えたので……」
「そ、そうかい……?」


そして、これでも周知の事実の一つ。


「ウチら先行ってるね」
「え!? 耳郎さんどうして――」
「また教室で会おうな」
「上鳴くんまで……わ……本当に行っちゃった」


ゆっくりとした歩みで耳郎と上鳴は先ほどまで一緒にいたなまえを置いて廊下を進んでいく。なまえとオールマイトが二人きりになれそうな場面では、邪魔せず退散する。1-Aのみでいつの間にか決められていたものだった。


「あれ……珍しいですね、オールマイト。もしかして寝坊でもしました?」
「え。変なとこでもある?」
「寝ぐせです。ふふふ」
「恥ずかしいな……ちゃんと鏡は見てきたんだけど」
「ちょっと抜けてるほうがかわいいって言いますよ。大丈夫です」


自分で言ったくせに照れているのが声色でわかり、耳郎は意味もなくイヤホンジャックを指に巻きつける。でも走って去ったら怪しまれるし、そんな葛藤を知る由もない二人の会話はまだ続く。


「直すので屈んでもらってもいいですか? オールマイト大きいから」
「言ってくれれば自分で直すよ……?」
「私がやりたいんです」
「そこまで言うなら……」


しばらくの沈黙の後、はにかんだような笑い声と共に「いつものかっこいいオールマイトに戻りました!」とご満悦な声が聞こえる。とうとう我慢できずに二人は教室までダッシュして勢いよく扉を開けた。肩で息をしている二人にクラスメイトたちはぎょっとこちらを見つめている。


「はよ付き合え!!」


しかし渾身の一言に全てを察してくれたらしい。耳郎は八百万に背中をさすられてようやく落ち着いた。


「あれでくっついてねえのなんでなん!? 俺よく頑張ったよ……! 本人たちに直接叫ばなくてよかったわ!」
「うんうん上鳴くん偉いよ……!」
「サンキュー!!」


麗日の言葉で上鳴も出そうになった涙をなんとか引っ込める。はじめこそ二人きりにさせればいつかはくっつくだろうという思いではあったが、いい加減第三者が動かなければくっつかない気がしてきた。先生と生徒? そんなことなまえとオールマイトには関係ない。あの二人に法律はあってないようなものである。


「絶対くっつけてやる」
「同じく」


こつん、耳郎は賛成してくれた上鳴と軽く拳をぶつけ合う。1-Aの協力があればくっつくのも時間の問題ではないだろうか。ちなみに、二人をくっつけようと試行錯誤するが中々結ばれないことを、このときの1-Aは知らない。



甘色恋唄



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