初恋は叶わないものだと語ったのは果たして誰だっただろう。

爆豪と交際をはじめて、なまえが一番驚いたことは彼の優しさだった。こんなことを本人に言えば爆破確定だろうが、解釈違いなほどに甘々なのである。つい先日、勉強でわからないところがあるから教えてくれと言えば、弱点対策だけでなく予習にまで付き合ってくれた。一番驚いたのは転びそうになったとき片手で支えてくれたことだろうか。転んだあとで指を差されながら「ざまあ!!」と鼻で笑われるくらい覚悟していたので、それはもうこっちが指を差して口をあんぐり開けた。そのくらい驚いたのだ。許してほしい。


「つ、かれたぁー!」
「こんなんでへばんなや」
「爆豪くんも汗かいてるくせに」


けらけら笑うなまえと爆豪はジャージに身をつつんでいた。なまえが夜の涼しいときにランニングをすると聞いた爆豪が付き合ってくれているのだ。はいはい甘い甘い。驚いてはいるが好きな人に優しくされて嬉しくないわけもなく。なまえは緩みまくる口角を隠すこともなく、肩にかけていたタオルで自身の汗を拭いた。


「寝る前にシャワー浴びたいし、そろそろ戻ろっか」
「湯冷めすんなよ」
「はーい」


返事は伸ばすなとでも言いたげな視線が刺さってなまえは苦笑する。心配せずともきちんと体は温めるので心配しないでほしい。隣同士でゆっくりと歩いているとまるでデートみたいでドキドキする。ただのトレーニング帰りだと言い聞かせても好きな人と歩くというだけで特別なものになるのだから不思議だ。


「……爆豪くん?」


はじめは歩いている中で手の甲が何度か触れるだけだった。触れる秒数が増え、自然と繋がれる手のひらに思わず彼の名を口にする。ちらりと見た横顔はぶすくれているけれど、月明かりに照らされた耳は赤く染まっていた。これ以上見つめていると自分にまでその赤が移りそうで慌てて顔を前に戻す。

交際してまだ数週間。こうやって彼の新たな一面を知るたびに胸を高鳴らせ、そのたびに更に彼を好きになる。







シャワーを浴び終え廊下に出た瞬間、壁に寄り掛かった爆豪の姿になまえは幽霊でも見たかのように体を跳ねさせた。呆れた目を向けてくる爆豪を睨んでしまうが、二度目の許してほしい。まさか待っているとは思わないじゃないか。待っているとわかっていたらもっと早く出てきていた。


「部屋まで送らせろ」


だけどそんなことを言われてしまったらもう何も言えなくなってしまう。なまえだっていれるのならば爆豪ともっと一緒にいたい。こくりと頷いて隣に並べば、今度は最初から手を握られて口から心臓が出るかと思った。恥ずかしや。


「数学の予習、やった?」
「全教科やってやった」
「天才マン……えっ、じゃあ英語の……なんだっけ、二番で翻訳難しいとこあった気がするんだけど」
「文法のやつか」


面倒くさがることなく記憶を頼りに予習の部分を教えてくれる爆豪。控えめに言って崇め奉りたい。なまえがありがとうと拝むともっと感謝しろやと笑われる。どうやらノってくれたらしい。思わず好き……と呟けば俺のほうが好きだと恥ずかしげもなく伝えられた。もういっそのこと殺してくれ。


「ありがと、爆豪くん。おやすみなさい」


学生証で部屋のロックを解除してドアを開ける。たくさん一緒にいられて嬉しかったと素直に思いを告げるが、爆豪からなんの返事もない。首を傾げて顔を覗き見るが無表情で見下ろすだけでその口が開くことはなかった。


「爆豪くん、どしたん?」


おーい、と呼びかけようとしたなまえは唇に落ちた感触と温かさに思考を停止させた。ついでに瞬きもやめていたようではっとしたときには目がすごく乾燥していた。めちゃくちゃ瞬きをしながら近づけていた顔を離してなまえは両手で頬を押さえる。


「あの」
「んだよ」
「今、き、キスしたん?」
「した」
「……おかわり」
「俺は犬じゃねえぞ」


普通に初キスだったし、目の前の誰かさんも冷静を装いながらやっぱり耳は真っ赤だ。はじめてのことに恥ずかしがるかわいいところはこの先も変わらないでいてほしい。もう一回、と言い直して爆豪の胸あたりの服にぎゅっと縋る。上目遣いはちょっとあざとかったかな、と後になって思ったけど、二回目のキスが蕩けそうなくらい甘かったからどうでもよくなった。

きっと、これからももっと彼を好きになる。



色鮮やかに薄れゆく



戻る