「教師って実は暇なの?」


アクリル製の間仕切りに声を通すための穴が複数開いている。その穴を見つめながら呟いたなまえの一言を否定しながら相澤は小さく息を吐いた。

敵連合のリーダーである死柄木なまえを捕らえて数週間が経とうとしている。ヒーローも警察も彼女たち敵連合を捕らえるのに相当な時間と人員を費やした。なまえが絶対に捕まるはずがないと思っていたように、ヒーロー側もまさか本当に捕まえることができるとは想像していなかった。誰もがなまえを心の歪んだ敵だと見放す中で雄英の一人の教師は刑務所へと足を運んでいたのである。それが相澤だ。


「こう見えて忙しい。やること多すぎて仕事減らしてほしいくらいだ」
「職務怠慢だなクソ教師。お前みたいなのが教師とかほんと世も末」
「冗談が通じねえな」
「冗談下手クソか」


今でこそ会話のキャッチボールができているが、相澤が根気強く通わなければ今もなまえの口は閉ざされたままだっただろう。最初は目すら合わせようとせずその瞳には憎悪すら浮かんでいなかった。捕まった時点でなまえは全てを諦めていたのだ。しかし相澤が言葉をかけ続けたおかげでなまえの瞳に光が戻り、こうして話すことができている。


「ねえ」
「どうした」
「トガや荼毘は元気なの?」
「……なまえ」


外の情報は遮断しています、と刑務官の無機質な声が聞こえ相澤は口をつぐむ。どうして自分以外敵と言うだけでなまえの変化を見ようともしないのだろうか。全てを諦めたなまえが人の心配をするだなんて、大きな一歩だというのに。

相澤はどうしてもなまえを放っておけなかったし、今後一人ぼっちにさせるつもりもなかった。過去のことがなくなるわけでもなければ、許されるわけでもない。だがせめて罪を償った彼女の心の拠り所があれば良いと思う。その拠り所が自分であれば良いとも。


「そろそろ時間だ」


時間を確認した相澤が立ち上がるとなまえがこくりと頷くのが見える。間仕切り越しの表情は気のせいか口元が緩んでいて相澤は安心する。こんな顔して笑える奴を放ってなんかおけないだろ、と軽く手を上げた。


「また来る」
「勝手にすれば」


相変わらず言葉は刺々しいが、少しずつ相澤のおかげで柔らかくなった表情。彼女の笑顔が見られる日が来ることを願い、相澤はまた刑務所を訪れる。



尊びのひと粒ずつ



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