するりと頬を撫でられてなまえは思わずびくりと肩を震わせた。「先生、痩せたか?」と何食わぬ顔で尋ねてくる生徒の手を払いながら「変わらない」とだけ返す。しかし生徒――轟はなまえの返事を信用できなかったらしくむっとした表情を見せた。


「絶対痩せただろ。ちゃんと食ってるのか?」
「敬語を使え敬語を」
「食べてるんですか、飯。エナジードリンクは食い物じゃないですけど」


目を逸らしたなまえに轟はやっぱり、とため息をつく。以前きちんと食べろと言ったことをもう忘れているらしい。


「私がちゃんと食べてようがいまいが轟には関係ないでしょ」
「一応彼氏なんで。心配くらいさせてください」
「彼氏云々、私は認めてないから」
「まだそんなこと言ってるんですか。いい加減諦めて俺を彼氏と言ってください」


付き合ってくれと言われた当初はこんなにぐいぐい来る子ではなかったと思う。なまえが轟の返事を先送りにしている理由は単純だ。自分のどこに魅力を感じたのかは知らないけれど、社会に出ればなまえよりも良い女など星の数ほど出会うことになる。憧れから来ているであろう好きという感情は轟の勘違いだ。少なくともなまえは一度だって本気にしたことはなかった。


「私をいくつだと思ってるの」
「俺は年齢も歳の差も気にしませんよ」
「私が気にするんだってことに気づいたらどうなの」


目頭付近を指で押さえたなまえが大きなため息をつく。一度だけではなく何度も断ったはずなのに轟は決して諦めなかった。どれだけ突き放しても再アタックしてくるところは素直にかっこいいと認めよう。だがそれだけだ。なまえは轟をかわいい教え子とは見れるが、一人の男としては見れない。


「ご飯は食べるよ……轟は早く自分の寮に戻って寝なさい」
「……今日はいい返事がもらえるまで帰りません」
「……轟。だから私は――」
「その気がないって言うなら、思わせぶりな態度取るのはやめてください」
「は」


思わせぶり? 誰が? なまえは自分だけ時が止まったように感じる。驚きすぎて反応が鈍くなってしまい、なまえは轟から伸ばされた手を避けることができなかった。再度頬に滑った指になまえは目を見開いて声を詰まらせる。


「そういうのですよ、先生」
「いや……驚くのは仕方ないと思うけど」
「まさか自覚してないんですか……?」


先生、俺が触る度に顔赤くしてますよ。轟の口から紡がれた言葉が上手く理解できずなまえは自分の手で顔を隠した。目を見返してみるが嘘をついているわけではないらしい。だとしたらなまえは轟からの想いを本気にしたことがないなどと言いながら、彼に触れられて緊張していたということになってしまう。そんなのまるで――


「俺のこと好きなんじゃないんですか」


轟の切ない声が耳に響いてなまえは困ってしまった。一度意識してしまうと中々前のように受け流すことができなくなってしまう。


「なあ、なまえさん」


もしかして好きにならないという勘違いをしていたのは自分のほうだったのではないか。段々と熱く感じてきた顔に気づかないふりをしながら、轟の手を弱々しく払う。返事を期待する轟からの視線が痛い。きっと『良い返事』をする日は近いだろう。



夜更かしと交ぜてほしいもの



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