「なまえさん、最近ちゃんと寝てるんですか」
「うん?」


相澤に尋ねられたなまえは『先生に必要なものとは』と書かれた本をテーブルに置いて彼のほうへ振り返った。


「わたしは君のほうが心配だよ相澤くん。充血に効く目薬でおすすめがあるんだけど聞きたい?」
「"個性"上仕方ないことだと思ってるんで。まあ、教えてくれるならお願いしま――って、話を逸らさないでくださいよ。なまえさん」
「やっぱりだめだったか……」


目頭付近を指で押さえたなまえは苦笑しながら相澤を見つめる。指を離しながら「そんなに顔酷い?」と首を傾げればこくりと頷かれ相澤の眉間にしわが寄った。


「明らかに寝不足って顔してますよ。もっと体を大切にしてください」
「相澤くんてば優しいね。わたし愛されてるなあ」
「? はあ。愛してますけど」
「え……っ」
「何顔赤くしてるんで、す……か」


そこで自分の発言のまずさに固まった相澤は片手で顔を覆う。「忘れてください」という消え入りそうな声に「おっけー」と返すことしかできないほどにはなまえも動揺していた。相澤の言う通りたしかに自分は寝不足だが、彼も相当疲れているんじゃないか。そうでなければ相澤がこんな簡単に口を滑らすことなどあり得ない。


「すみません、本当に……」
「あ、いや……嬉しかったから、わたしは気にしてないよ」
「あなたはそういうことをすぐ……」
「相澤くん!?」


項垂れてしまった相澤を心配してなまえが駆け寄ると近くで大きなため息をつかれた。やっぱり疲れているのだ。少し仮眠でも取ったらどう? と提案しようと口を開きかけたとき相澤のくぐもった声が耳に届く。


「なまえさんといると、つい気が緩むんですよ」
「……気が?」
「全く、本当どうしたものか」


座り直した相澤の顔は居心地悪そうで、顔にあった手は髪をかき乱している。愛の言葉は疲れているからではなくて、本当にうっかり本心が零れ落ちただけということか。なまえはそんな相澤の隣へ腰かけるとちょんちょんと肩を突いた。目だけをこちらに向けてくれた相澤に満面の笑みを浮かべる。自分の気持ちが伝わるように。


「相澤くんにとってわたしはそれほどの存在になっていたんだね」
「え」
「君に好意を向けられるのはやっぱりすごく嬉しい。相澤くんは恥ずかしがってあまり言葉にしてくれないから」
「……それは、あなたもでしょう」
「そ、そうだったね」


じゃあお互い様だ。なまえの細すぎる指に相澤の指が重なる。「はぁ……」と今度は羞恥を紛らわすようなため息になまえはくすりと小さく笑った。


「このまま二人で少し眠っちゃおうか」
「冗談でしょう」
「わたしとしては勘違いを抜きにしても相澤くんにももっと睡眠を取ってほしいわけで」
「勘違い?」
「何も言ってないよ」


愛の言葉を疲れから言っているものだと思ってただなんて口が裂けても言えない。


「わたし一人だけが寝るより二人一緒に寝たほうが合理的だと思うんだけどどうかな」
「どこがですか」
「起きたあとの疲れが取れた状態で触れ合う、とか……」
「小学生みたいなこと言わないでくださいよ」


ふっと笑った相澤がなまえの頭を抱き自分の肩へと寄りかからせる。驚いた声を上げるなまえにおやすみなさいと囁いた相澤は既に目を閉じていた。


「あ、相澤くん、結局寝るんだね……」
「起きたら触れ合えるんでしょう?」


人の体温というのは不思議なものでそばにあるという事実だけで胸がいっぱいになる。からかうように口角を上げている相澤の閉じた目元を見つめたあとでなまえもそっと視界を閉ざした。


「わたし、今がすごく幸せだと思うよ」
「……奇遇ですね」


俺もそう思っていたところです。相澤の甘さを含んだ声がなまえの思考をも溶かしていった。



藍に纏わるエピローグ



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