*百合



波動ねじれは素直な性格だった。気になったことはなんでも質問しなければ気が済まない。相手に質問を投げかけては答えを聞かず次に行くことも多々あった。彼女に悪気は一切なく、生きていく上で当たり前だとでも言うように疑問を消化していく。今日もまた一つ、ねじれに新たな疑問が頭にぽんと浮かんだ。


「聞きたいことがあるんだけど、いい? なまえちゃん」
「? ねじれさん」


姓より名で呼んでほしいと頼んで最近ようやく慣れてきた様子のなまえ。呼びかけに頷いて言葉を待つなまえに、ねじれはあのねと自分を指差しながら言葉を発した。


「私なまえちゃんと付き合いたいの。なんて言えば付き合ってくれるか教えて?」
「……はっ!?」


なまえの目が大きく見開かれ、教室を見渡し始める。「通形ならいないよ」と探しているであろう人物を口に出せば、なまえは全てを遮断するかのように目を伏せてしまった。なまえが助けを求めるはずの人物がいないところを狙ったのだからいてもらっては困る。自分たちの周りに人がいないときを狙ったのもわざとだった。


「ねえ教えて? 好きってストレートに伝えればいいかな。それともぎゅうってしてどれくらい好きか伝えたほうがいい?」
「ね、ねじれさんっ、多分、相手を間違ってるよ」


抱きしめる動作として腕を広げていたねじれはその状態のまま瞬きを繰り返す。間違ってなんかないよと言うがなまえはこれでもかと頭を振った。


「だって、ねじれさんが好きになるような人はもっとすごい……ミリオみたいな人じゃなきゃ……私なんかを好きになるなんてありえない……きっと勘違いだ」
「えー。どうして? 私の価値をなまえちゃんが決めてるのちょっとおかしいよ」
「っ、ご、ごめん。そんなつもりじゃ」


ねじれの声のトーンはいつもと同じであったが、なまえには厳しく聞こえてしまったらしい。今度はねじれが両手を顔の前で合わせ謝罪した。


「ごめんねなまえちゃん、言い方間違っちゃった。嫌いにならないでね」
「嫌い、だなんて……というか、私とねじれさん同性だよね……?」
「知ってるよ? もしかしてなまえちゃん男の子なの?」
「違うよ……!」
「じゃあ私が男の子」
「それも違うよ……!!」


焦りながら否定してくるなまえにクスクス笑ったねじれは手を後ろで組みながら話を戻した。


「同性は好きになっちゃ……付き合っちゃダメなの? 私なまえちゃんが好き。大好き。だから付き合いたいの。それっていけないこと?」


視線が絡み合いねじれの力強い瞳からなまえは逸らせずにいた。ねじれは更に一歩分近づき、その分声の音量を下げて目を細める。


「付き合えないって断らないのは少しは私のこと好きでいてくれてるってこと? 私なんかってなまえちゃんはよく自分を卑下するけど、私はそんななまえちゃんも全部ひっくるめて好きだよ」


え、あ……と母音ばかりが漏れる。そんななまえのことはお構い無しにねじれの告白は続いた。


「なまえちゃんだから好きなの。なまえちゃんじゃなきゃ、私いや」
「わ、私」
「決めた。次はねじれちゃんか、通形みたいにねじれって呼び捨てにしてほしいな。ねえねえ知ってる? 呼び方一つで距離って縮まるんだって」


――なまえちゃんが私を呼び捨てする日が来たら私もなまえって呼びたいなあ。

密かに思っていることはなまえにちゃん付けをされたら言いたい。ねじれは一呼吸置いて、そういえば先ほどなまえが何か言いかけていたなと思い出した。


「なまえちゃん、何?」
「……私、ねじれさんのこと好きだけど……付き合うとかそういうのは、よくわからない」
「わからないかぁ」
「うん……でも」
「?」


綺麗な青みがかった黒い髪を触りながらなまえははにかんだ。


「ありがとう……全部好きだって、嬉しかった」


嬉しいのはこっちだとねじれは思う。なまえの台詞に一人喜んでいると、自分を喜ばせている張本人が自分の手をねじれの手の上へ乗せた。突然のことに言葉が出ないねじれになまえは蚊の鳴くような声で告げる。


「よくわからないけど、これからねじれさんと同じ好きになりたいなとは思う……」


流れ的にこれからも友達でいましょうと言われると覚悟していたねじれの目の下がぶわっと赤く染まった。「そ、そっか」とねじれが答え二人の間に沈黙が走る。沈黙を破ったのは一仕事終えた感を出しながら教室へ戻ってきたミリオだった。たしかにやってきたのは先生に頼まれた雑用だが大袈裟である。


「いやあ結構かかっちゃったよね! ……二人して顔赤くしてタコの真似?」
「通形……なまえちゃんかわいすぎると思う……」
「今更?」
「どうして真顔で聞き返してるのミリオ……!」


正直ミリオが気になったのは赤面した顔よりも重なり合っている手だったが、友達同士ならよくやるだろうと聞かずにははっと笑った。二人の友達という関係が変わるまでにそう時間はかからないのだが、幼なじみが気づくのはいつになるのだろう。ねえ知ってる? なんて自分からなまえとの関係をバラす未来しか見えないねじれは、なまえとミリオの会話に入っていく。素直な性格の波動ねじれは隠し事が苦手なのだ。



そしてふたりは、



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