バン! と大きな音を立てながら教室のドアが開き、なまえは突然のことに体を跳ねさせた。赤い髪色をした少年がドアに寄りかかり息を整えていて「あ……」と声が漏れる。少年――切島は顔を勢いよく上げるとなまえを見つけて満面の笑みを浮かべた。


「なまえ先輩! おはよっす!」
「え、あ、お……はよう……切島くん」
「それじゃ! 今日は話す時間なくてすみません!」
「う、ううん。大丈夫――」


言い終わる前にもう一度謝罪をした切島が走り去っていくのがわかった。廊下を走ったら先生に怒られると思うのだが大丈夫だろうか。なまえが心配そうにドアを見つめているとねじれが横から顔を覗き込んできた。


「今日なまえちゃんの彼氏くん遅かったね。寝坊かな? 他に用事あったのかもね?」
「多分、寝坊だと思う……」
「いいなあ、なんでも知ってる感じ。彼氏くん大好きだね」
「波動さん……!」
「ふふふ」


なまえと付き合うようになってから切島は毎朝教室に通ってくれた。廊下で他愛ない話をして時間になったら自分の教室に戻る。そんな切島に一度だけ無理をしなくてもいい、ゆっくり寝てほしいと伝えたことがあった。しかし俺が毎日話したいんですと照れながら吐露されてはなまえも何も言えまい。きっと授業や訓練の疲れが出てしまったんだ、と予想する。ミリオに止められて不満そうな顔をしているねじれを横目になまえは切島の笑顔を頭に思い浮かべていた。







昼休み、視線を避けるように俯きながら歩きようやく辿りついたとある教室でなまえはノックする格好のまま固まっていた。一年生の教室でありここはA組、要するに切島に会いに来たのである。朝あまり会えなかったから……。会おうと思いついて何を血迷ったのかすぐ行動に移してしまったために、顔を合わせたときのシミュレーションをするのを忘れていた。まずは名前を呼んで、それから……とうんうん唸っていると閉まっていたはずのドアがガラリと開きなまえはわっと声を上げる。ドアを開けた人物である鋭い三白眼で睨む爆豪はなまえを見るなり盛大に舌打ちをした。慌てて謝ろうとすれば顔を後ろへ向けて「切島!!」とまるで因縁の相手かのように大声で切島の名前を呼んだ。


「あれ、なまえ先輩!」


ドア塞いでで邪魔なんだよとなぜかなまえにではなく切島に言った爆豪は教室を出ていく。「ありがとな爆豪ー!」と手を振る切島になまえは汗が噴き出てきた。シミュレーションが終わっていない……! というか、そもそも明日会えるのだから明日話せばいいじゃないか。朝話せなかった分を今、などと考えてしまった。切島の大切な昼休みの時間を自分なんかに割くなんてもったいない。朝だって遅刻しそうだというのに走って会いにきてくれた。もっと会いたい、もっと話したいと多くを望んでは切島に迷惑だ。顔を青くしているなまえの手を握り切島は優しく引っ張った。


「なまえ先輩、こっちこっち」


廊下の隅に移動すると切島は手を繋いだまま顔を綻ばせる。


「まさかなまえ先輩から教室来てくれるなんてびっくりしたっスよ、俺に会いに来てくれたんですよね?」
「……ごめん」
「え!? なんで謝るんすか?」


ああフードがあったら被っていたのに。切島はしばらく首を傾げていたがもしかして……と思い口を開いた。


「俺今こうしてなまえ先輩に会えて、何より先輩から俺に会いに来てくれたのがすっげえ嬉しいんすけど……何か心配なことありますか?」
「え……嬉しいの?」
「嬉しくないわけないっすよ。めちゃくちゃ好きな人が会いに来てくれたんですから、当たり前です」


迷惑だと胸を占めていた負の感情が洗い流されていく。切島のこういうところが眩しくて直視できなくなる。シワになるくらい胸の辺りの服を握りしめて唇を噛んだ。会いに来てよかった……と思っていると繋いでいないほうの切島の指がぴとりと唇に触れた。


「切れちゃいますから噛んじゃダメっすよ」
「あ、ごめ」


ちゅっなんてかわいい音がしてなまえは目を丸くする。え……今、何があった?


「噛んでちゃキスもできないですし……なんて。ちょっとベタすぎましたかね」
「………」
「あれ……ち、ちゃんと周りに人いないの確認しましたから! 誰にも見られてないです! ……あっもしかして急で嫌でしたか……!」


反応のないなまえに切島があたふたし始める。そうかキスされたのか、と時間差でようやく理解したなまえはボンと一気に顔を赤く染めた。それに切島はふっと笑い安堵の表情を見せる。なまえは見ないでと顔を必死に逸らした。


「なまえ先輩、俺先輩とデートしたいっす」
「デート……!?」
「あ、こっち向いてくれた」


顔をこちらに向けるために言ったのだと一瞬思ったがどうやら嘘ではないようだ。何より切島が嘘をつかない男なのをなまえはよく知っている。


「これから二人で決めていきましょう。お互い忙しいですから、寮内デートでもいいっすよ!」
「部屋で、とか?」
「そう!」


歯を見せて笑う切島になまえも自然と口角が上がった。切島の屈託のない笑顔が大好きだ。自分の思いつきと行動のおかげでこの笑顔が見られたのだから、たまには勇気を出してみるものだと珍しく前向きに考えられた。あと少しだけ、勇気がほしい。


「切島くん……」
「はい?」
「やっぱり、朝は会うのやめておこう」


驚く切島になまえはすぐさま会いたくないとかじゃなくてと言葉を続けた。


「これからは中庭とか、屋上とか……昼休みに、会えたらいいなって」


朝よりも時間はたっぷりあるのだし、そのほうが長くいられる。言った直後におこがましいと頭を抱えたくなった。しかし心配をよそに切島は肩を震わせるとはい! となまえに抱きつく。


「もちろん! 会いましょう! たくさん!」
「切島くん……」


なまえ先輩からのお誘いだ、と心の底から嬉しそうにする切島に照れくさくなる。抱き合っているというのに器用に繋がったままの手が温かかった。だがもちろん温かいのは手だけじゃない。少し速めのリズムを刻む心音に耳を傾けてなまえはそっと目を閉じた。



雨明かりの庭



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