自分の"個性"を活かしてそっと、そっと近づく。今日こそは! と思い伸ばした手はするりと避けられなまえの頭にぺしりと軽く当てられたのは名簿帳だった。「いったー」と頭を撫でれば上から聞こえてくるのはまたお前かという呆れたため息。


「なんで先生私が来た! っていつもすぐわかっちゃうんですかー」
「気配を消せない生徒に気づかないわけないだろ。バカなことしてないでさっさと教室に戻れ」
「ちぇー」


唇を尖らせたなまえは相澤の横を通り過ぎ……ようとしたとき両手を広げて距離を詰める。しかし相澤がなまえの見えないはずの腕を掴むほうが早かった。ぱっと離された手に今度こそごめんなさいと教室にスキップで戻っていくなまえ。触ってもらえちゃった、と上機嫌に上下に動く制服に廊下にいる者たちは二度見した。

なまえは相澤に抱きつきたかった。暇を見つけては抱きつこうと毎日繰り返すが一度だって成功した試しがない。


「あーあ、いつになったら抱きつけるかな」


そもそも抱きつきたいのは単純に先生である相澤が好きだからだ。それでも先生と生徒という立場上恋が必ず実るとは言い切れないし、好きだと伝えても冗談だと流されるかもしれない。だから本気と受け取ってもらえるよう好きだと言うのは抱きつきながらと決めていた。最初こそ「先生! 抱きしめさせてください!」と声をかけてから抱きつきに行っていたものの、あまりにも拒まれすぎて最近ではいかにばれないよう近づけるかで楽しんでいるような気がする。


「うー好きなのに先生に届かない……」


このまま毎日が過ぎていき気づいたら卒業しているのでは? とさえ考えてしまいなまえはあわわと頬を押さえた。


「早く抱きつきたい!」


そして、早く好きだと伝えたい。一度抱きつきながら告白すると決めてしまっている手前諦めるわけにもいかなかった。上手く気配を消して近づく方法を考えよう、となまえは難しい顔をしながら教室へ入る。もちろんその表情がクラスメイトにわかるわけもなく、気にする者は一人としていなかった。







正直なところ相澤はなまえの気持ちに気づいていた。あれだけ毎日好きだというオーラを纏いながら抱きつきに来られたら気がつくなというほうが無理な話である。それでもなまえの気持ちが迷惑だとたった一言さえ言えないのは相澤に変化があったからだろう。


「触っちまった」


なまえの腕を掴んでしまった手のひらを見つめ、ぐっと握りしめた。なまえが卒業するまでは一切触らないつもりでいたのだ。ああ認めよう。相澤は元気で素顔の見えないなまえにすっかり恋に落とされていた。ジャンプしながら抱きつこうとする様子に猫を思い浮かべた時点で末期だったのだと思う。


「早く大人になれ、なまえ」


そうすればいくらでも手を出せる。相澤ははぁと大きく息を吐きながらガシガシと頭を掻いた。卒業までなまえの気持ちが自分から離れないことを確信しながら、相澤は歩みを進める。どうやらなまえの心配は杞憂に終わりそうだ。



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