「わあ!」


ふとなまえが驚愕の声を上げると、近くにいた爆豪と切島がなんだと振り返った。一瞬鋭い目つきを向けた二人だったが、なまえの無事を確認すると呆れた表情に変わる。単に上鳴がなまえを持ち上げただけであった。


「何してんだよー上鳴」
「おー、切島。爆豪も。いや、なまえがそこにいたから、つい抱きしめたくなってよー」
「キメェ」


なまえはぱちくりと目を瞬かせてはいるが嫌がる素振りは見せない。突然抱えられ驚いたがこうして抱えられて頭を撫でられるのは嫌いではないのだ。この男はそれをわかっているから侮れない。


「上鳴、くすぐったい……もう少し強く」
「えっこうか?」
「めちゃくちゃいい……最高」
「なまえ犬かよー」


ははっと冗談めかして笑い飛ばす上鳴だが、あながち間違ってないのがこの二人だ。もっと撫でろと言わんばかりに上鳴のてのひらに頭を押しつけるなまえは犬そのもので、見ているこちらが癒される。切島はそんなふうに思いながら「なまえ」と声をかけた。


「上鳴ばかりずりーよ。俺のとこにも来い」
「うえええ」
「すげえ嫌そうじゃん! なんで!?」
「いつも触る力が強いんだよお前は」
「いや爆豪にだけは言われたくない」
「え。私爆豪の撫で方好きだけど」
「そうだこいつこういう男だった!!」


ダンっと勢いよく床に拳を叩きつけた切島にごみを見るような目を向けながら、才能マンの爆豪はなまえの頭を雑に撫でた。撫で方こそ雑ではあるが力加減は優しくなまえがふふっとはにかむ。そこでちょうどよくやって来た瀬呂はその光景を見て明日は槍でも降んのか? と思わず尋ねた。正しい反応だろう。


「降らねえわ!」
「怒鳴りながらも撫で続けはするんだなぁ」
「何してんだ皆集まってよ」


瀬呂が爆豪に感心しつつ振り向くと砂藤が不思議そうな表情でなまえたちへと近づいている。後ろにはウインクを飛ばす青山や眠そうな轟、もじもじとする口田などがぞろぞろと続き、いつの間にか1-A男子が揃ってしまう状況になっていた。なまえはカッと目を見開くと女子は!? と声を張り上げる。障子に「ここに来るまでは見なかった」と聞くと絶望した表情を見せた。


「全員集合するなら女の子がよかった……」
「? ……すまない」
「謝ることではないと思うよ常闇くん……! ていうかなまえちゃん、また撫でられてたんだね……今はかっちゃん……」
「あ? 何見てんだクソデク」
「ひい」
「ダメだよ爆豪。緑谷も撫でるの上手な人なんだからいじめちゃ」
「いじめてねえわ!」
「いや爆豪、さすがにそろそろ撫でるのやめねえ?」


切島が呟くように伝えると爆豪はやっとなまえから手を離した。すぐに上鳴が手櫛で髪を整えてくれて「いつもごめんね」と見上げる。にっと歯を見せてくれたことにほっとしたなまえはまあ女子がいなくてもいいかと小さく頷いた。


「それにしても上鳴くん。なまえくんと少しばかり密着しすぎではないか? 仲が良いのを悪いこととは言わないがさすがに――」
「あはは……でももう慣れた感じしない?」
「む……たしかに、慣れはしたが」


苦笑した尾白の一言で黙った飯田に、上鳴は安堵した。これでもしもなまえが「たしかにくっつきすぎか」と考えでもしたらもう二度と抱き上げることはできなくなってしまう。そんな冷や汗だらだらの上鳴に反してなまえはそうかなー? と首を傾げて呑気であった。


「あー! 男子がなまえ占領してる!」


芦戸の叫び声が響き渡り、一緒に行動していたのであろう女子たちがもう! と怒り始める。


「ちょっと目を離したらすぐこれだよ……ほら上鳴。いい思いしてないでなまえ撫でさせてよ」
「後から来た耳郎たちがわる――あ! 待ってストップ! 下ろします!」


耳郎がイヤホンをちらつかせれば上鳴はなまえを腕から下ろした。うずうずしていた八百万がパッと腕を広げるとなまえは飛び跳ねて抱きつく。胸に顔を押しつけられているがそれすら気にならないのか八百万は破顔した。


「すみません。用事があってなまえさんと行動できなくなってしまって」
「ヤオヨロッパイ……」
「なまえちゃんてば聞いてないわね」


蛙吹にねーと同意しながら葉隠が八百万となまえの周りをくるくると回る。なんとかしてなまえの顔を見ようとするが八百万の胸に沈んで全く見えない。そこで麗日が背中を突くとなまえが顔を赤らめたまま顔を離した。


「めっちゃ恍惚とした表情しとる……!」
「八百万ありがとう……」
「ええ。抱きしめるくらいいつでもしてさしあげますわ」
「八百万、なまえのありがとうは多分抱き上げてくれたことへの感謝じゃねえぞ」
「?」


轟の言葉にきょとんとする八百万を横目になまえは幸せを噛みしめる。まさかここまで自分を可愛がってくれるなんて入学当初は考えもしなかった。敵の襲来やオールマイトの引退など色々ありはするが、今この瞬間だけは全てを忘れることを許してほしいと願った。なまえは皆の笑顔が好きだ。自分の言動で皆が笑ってくれるなら、なまえは欲を隠さずありのままで生きていく。誰にも言えない、なまえの心に秘めた想いだった。



やさしいこころはここにあります



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