*短編「
透明の中に隠してしまおう」のつづき
「どうしよう」
「? どうしたよなまえ」
「自分の足で歩けなくなったらヒーローになれないなと思って」
相変わらず上鳴に抱っこされた状態のなまえは心地良さに目を細めながらもそんなことを口にした。抱っこされることは嫌いじゃないが、慣れてしまって自分の足で歩くことができなくなったらどうしようと考え始めてしまったのだ。上鳴としては「かわいいことで悩んでんなあ」くらいにしか思えないことでも、なまえにとっては一大事らしい。少しずつ唸り始めたなまえはついに頭を抱えてしまった。
「上鳴の腕の中でしか生活できない女にされちゃう……」
「俺はめちゃくちゃ嬉しいけどなあそれ」
「ヒーローになりたくて雄英いるのに何言ってるの」
「だよな」
でもごめんな、と謝る上鳴になまえは小さく首を傾げる。なまえを抱え直した上鳴は笑いながら腕に力を込めた。
「今更放してやれねーんだよ。俺なまえが思ってるよりなまえのこと好きっぽいし」
えっと目を見開くなまえを見つめてくる上鳴にふざけている様子はない。密着状態でそんな口説くようなことを言われて照れないわけがなかった。耳を微かに赤くしながらも平静を装って「そう」とだけ返す。
「ちょっと前まで私が女子に取られて寂しいって泣いてたくせにねー」
「は!? な、泣いてねえって!」
「ふーん?」
高い位置で揺れるお団子のような髪の毛を揺らしながらクスクス笑うなまえは楽しそうだ。上鳴の胸を叩いたなまえがぴょんと腕から下りて微笑む。
「もし私が歩けなくなったら責任取ってよ!」
責任を取れという言葉にぶわっと顔を真っ赤に染めた上鳴が口を押さえた。その気があるのかないのか、まるで逆プロポーズのようで。
「なまえ、今の――」
「一生!」
「うわっ」
今のはどういう意味だと聞こうとした上鳴の言葉はなまえに指を差されたことにより止まった。上鳴の赤みがなまえの頬にも移っていき、お互いの熱だけが上がっていく。
「私のこと、一生放さないでよ! 少しでも怪しい素振り見せたらもぎもぎの刑だから」
「もぎもぎって……俺物理的にくっつけられんの?」
「わ、私にはくっつかないから、地面に」
「なんで地面!? せめて壁にしてくれよなまえー」
「壁ならいいんだ」
へらりと笑う上鳴になまえも自然と口角が上がり二人の笑い声が響いた。
「なあなまえ」
「うん?」
「俺、責任取れるように頑張るな」
瞬きを繰り返したなまえが満足そうに頷く。プロポーズの前の交際の段階を忘れている二人に突っ込みを入れる者は誰一人として存在しなかった。
愛らしい眩暈
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