*百合



「いらっしゃいなまえ。いいよ、入って」
「お邪魔しますわ」


Tシャツ短パンというラフな格好で耳郎が出迎える。白いワンピースを着たなまえは微笑み耳郎の部屋へと足を踏み入れた。

明日ウチの部屋おいでよ。昨日の学校帰りコソリと耳打ちをしてきた耳郎に、なまえはどもりながらもええと頷き今に至る。促されるままベッドに座った耳郎の隣へ腰かけて、いきなりのことで夜は眠れなかったことを思い出していた。

なまえと耳郎が付き合っていることは誰にも言っていない。だが幸いにも二人の距離が近いのは親友だからと解釈してくれる者が多く疑われたことは一度もなかった。関係をバラそうとは思わないが特に隠そうともしていない二人は、人前で平気で手を繋いだりするし抱きついたりもする。傍から見れば友達の延長線上の行為でも、なまえたちからしてみれば恋人同士の戯れだった。もしかしたら勘の鋭い者は気づいているのかもしれないが、何も言われないのならそれでいい。言われたそのときに考えても支障はないと思っているからだ。耳郎もそうだがなまえは頭の回転も良い。誤魔化す必要があるときの言葉ならすぐに出てくる。なまえはいきなり言い当てられると焦って言葉が出てこないだろうなと耳郎は思っているが、それはさておき。


「耳郎さん……ベッドは座るものではなく寝るものです」
「んー? 聞こえない。誰さんって言った?」
「……意地悪ですわ」


なまえの顔を覗き込んだ耳郎がニヤニヤしながらほらと声をかける。二人きりのときは呼び方を変えてほしいと願ったのはいつだったか。照れて頬を両手で押さえるなまえが「響香……さん」と名前を呼ぶ。この下りずっとやってるなーなんて懐かしみつつ歯を見せて笑った。


「敬称いらないのに」
「そう言われましても……」
「なんてね。冗談。ゆっくりでいいよ」
「……はい」


名前に関しての話がなかったかのように次の話題へと移る。なまえは切り替えの早さに戸惑うがきちんと返事をして会話が続いた。数分経てばお互いリラックスして話をすることができて、どんどん話も弾んでいく。楽器の話を楽しそうに耳郎がしていると突然なまえがクスクスと笑い始めた。


「なんか面白かった?」
「いえ。……私お付き合いするのは耳郎さんが初めてですから、はじめはどうしたらいいのか不安だったんです」
「なまえ……」
「耳郎さんと関係を持ってから毎日が更に楽しくなって……だから、ありがとうございます」


何気ない会話も尊いものになるのだと語るなまえにそんなの自分もだと笑みがこぼれる。


「そんな嬉しいこと言ってくれるなまえに今度何か弾いたげる」
「本当ですか? 耳郎さんの演奏好きだから嬉しいですわ」
「響香」
「響香さんの、演奏が好きだから」


演奏だけ? と膝の上で頬杖をついてなまえを見上げれば人差し指で頬を攻撃される。全く痛くない攻撃に笑っているとなまえが口を開いたのに気づき耳郎は笑うのをやめ耳を澄ませた。


「響香さんが私を好きなくらいには好きですよ」
「そうきたかぁ」


思わず口元を押さえて顔を背ける。なんだかんだ上手なのはなまえなのだ。大好きと言われるより何倍も心が弾むような台詞だった。


「なんだろ……今無性に恋愛ソング聴きたい……」
「おすすめできたら教えてくださいね」
「一番に教える……」


肩に重みを感じて目をやるとなまえが寄りかかっている。自分もなまえへと寄りかかり自然と指が絡まった。


「どれ弾いてほしい? なんならセッションする?」
「それもいいかもしれませんわね」
「でしょ」
「でも、本当に今度にしましょう。今日はゆっくりしたいですわ」
「……ウチも」


考えておきますと声が聞こえ耳郎はうんと答えた。不思議と時間がゆっくり流れているような気さえする。そんなことをお互い思いながら、絡めていた指にほんの少しだけ力を入れた。



君のための練習曲



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